32 ワシントン条約で建造計画が御釈迦になったので日本の八八艦隊やアメリカのダニエルズプランなど日米に関しては有名なのがあるのですが、他の参加国の英国、フランス、イタリアはワシントン条約がなければどの程度戦艦や巡洋戦艦を作るつもりだったのでしょうか。
神無月

  1.  「作るつもり」については、架空の話なので答えようがありません。
     計画艦艇を列挙することはできても、財政状況などで本当に建造されるかはわからないからです。例えば、イタリアは強力なフランチェスコ・カラッチョロ級を計画し、船体まで完成させていますが、第一次世界大戦(1914-1918年)による資材不足などもあり、解体されています。

     ワシントン海軍軍縮条約(1921-1922年)があろうとなかろうと、第一次世界大戦の参戦国は日米を除き深刻な経済状況にありますから、建造枠に余裕があろうと、高価な戦艦をわざわざ建造しませんでした。

     従って、条約がなくとも戦艦など作りたくないというのが本音でしょう。 実際、高価な割には際だった戦果を挙げていない“新兵器”がド級戦艦でしたから、各国の戦艦への期待はやや懐疑的なものだったそうです。

     ですから、WW1直後に戦艦を建造して建艦競争を招くことは日米以外はまずやらないと思います(もっとも戦艦懐疑論は米国でも強いものでしたが)。
     そのように前置きした上で、WW1からワシンシン条約時までの、英仏伊の主な計画艦を挙げていきます。

    ■英国戦艦
    (1920年計画)L級戦艦(諸案あり。要目は初期案)
    常備排水量49,100トン、25ノット、45.7センチ砲9門、水線457ミリ、甲板222ミリ

    (L級を再設計したもの)M級戦艦(要目はM3)
    常備排水量46,000トン、23.5ノット、45.7センチ砲9門、水線381ミリ、甲板203-229ミリ

    (1921年度計画)N級戦艦(要目はN3。同型艦4隻を計画)
    常備排水量48,500トン、23ノット、45.7センチ砲9門、水線381ミリ、甲板203-229ミリ

    ■英国巡洋戦艦
    (1915年計画)インコンパラプル級巡洋戦艦(同型艦なし)
    常備排水量46,000トン、35ノット、50.8センチ砲6門、水線279ミリ、甲板102ミリ

    (1920年計画)K級巡洋戦艦(諸案あり。要目はK2)
    常備排水量53,100トン、30ノット、45.7センチ砲8門、水線305ミリ、甲板152-178ミリ

    (M3級を元に計画)I級巡洋戦艦(要目はI3)
    常備排水量51,750トン、33.5ノット、45.7センチ砲9門、水線305ミリ、甲板152-178ミリ

    (I3級をさらに改設計)H級巡洋戦艦(要目はH3a)
    常備排水量44,500トン、33.5ノット、45.7センチ砲6門、水線356ミリ、甲板203-229ミリ

    (1921年計画)G級巡洋戦艦(要目はG3。同型艦4隻を計画)
    常備排水量48,400トン、32ノット、40.6センチ砲9門、水線356ミリ、甲板102-229ミリ

    ■フランス戦艦
    (1913年度計画)ノルマンディ級戦艦(5隻)
    常備排水量34,000トン、21ノット、34センチ砲12門、水線300ミリ、甲板70ミリ(30.5センチ砲16門搭載案など、諸案あり。1隻は空母として完成)

    (1915年度計画)リヨン級戦艦(4隻)
    常備排水量35,000トン、23ノット、34センチ砲16門、水線300ミリ、甲板70ミリ(38センチ砲8門搭載案など、諸案あり)

    ■フランス巡洋戦艦
    (1913年度計画)M.ジル案
    常備排水量28,100トン、28ノット、34センチ砲12門、水線270ミリ

    (1913年度計画)デュラン・ヴィール案A
    常備排水量27,065トン、27ノット、34センチ砲8門、水線280ミリ

    (1913年度計画)デュラン・ヴィール案B
    常備排水量27,065トン、26〜27ノット、37センチ砲8門、水線280ミリ

    ■イタリア戦艦
    (1914年度計画)フランチェスコ・カラッチョロ級戦艦(4隻)
    常備排水量34,000トン、28ノット、38.1センチ砲8門、水線300ミリ、甲板51ミリ

     上記の時系列を見ればわかりますが、仏伊の計画艦は全てWW1初期のものであり、戦争終了後も新規建造計画などないことがわかります。
     英国も日米対抗上という部分が強いことは、次第に現実的な計画内容に変化していくことでも、おわかり頂けると思います。

     ちなみに、この辺りの情報はグーグル検索で概ね取得できますから(例えば巡洋戦艦で検索、など)「下調べしてから質問」されるよう、お願い申し上げます。
    高村 駿明

  2. わざわざ性能まで書いていただいてありがとうございます。
    戦艦に疑問符がついていたのは知りませんでした、真珠湾まで戦艦が主力兵器だと思っていましたし、八八艦隊やダニエルズプランなんかを見ても主力は戦艦だと思っていました。

    特にN3やG3、フランチェスコ・カラッチョロ級なんかはWikiのページが無くて性能が分からなかったので大変参考になりました。英国の大半が18インチ級もしくは以上というのも面白いですね。16インチ級戦艦なんて無かった時代にそれ以上を積むとは。

    ただその三カ国には中長期的な艦隊整備計画的なものも無かったのでしょうか?たとえば八八艦隊も戦艦や巡洋戦艦16隻が表看板ではありますが、あれって空母や巡洋艦、駆逐艦、その他支援艦艇まで含めた、文字道理対米指向の艦隊を作る為の計画ですよね?
    ダニエルズプランも同様に多数の艦船建造計画です。
    そんな感じのある程度の戦略戦術思想があってそれに沿った建造計画みたいなものは無かったのでしょうか。

    一応フランスの1922年艦隊整備計画なんかは見つけたのですがこれはワシントン条約後ですよね。〈用語を見つけただけでどんな計画だったかは知らないのですが〉
    神無月

  3.  戦艦に疑問符については、ここのbirds townにおられる山田様のブログで拝見したことなので、そちらを見て頂ければと思います。

     性能表記は「近代戦艦史」「フランス戦艦史」「イタリア戦艦史」「イギリス戦艦史」(光人社)、「世界の戦艦」(学習研究社)がソースです。

     フランスの1924年計画では「1943年までにワシンシン海軍軍縮条約で定められた、175,000トンの主力艦を保有するが、最初の10年間は巡洋艦以下の建造に全力を注ぐ。その間、70,000トン分の主力艦代艦建造権は行使せず、1932年度から優速主力艦を建造する」とされています。ちなみに、1932年度計画艦というのは、ダンケルク級戦艦です。

     イタリアについては、ワシンシン条約で認められた現有主力艦に不満はなく(WW1以降は基本的には対仏のみの想定海軍ですから)、必要なのは巡洋艦以下の軽艦艇とされています。イタリアが戦艦建造に取りかかるのは、建造計画は別として、現実にはドイツの装甲艦とダンケルク級の建造を契機にしたものです。

     英国については、戦艦4隻と巡洋戦艦4隻を中心とする整備計画は充分大規模ですよね。18インチ砲戦艦は多く計画されており、搭載する45口径砲にも目処が立っていたものと思われますが(フューリアスに既に18インチ40口径砲が搭載されています)、予算とインフラ整備の関係もあって、現実的なラインである、N3級G3級に落ち着くことになります。

     とはいえ、実際にこの性能で建造されたのであれば、同世代の八八艦隊やダニエルズプランの計画戦艦を凌駕する性能であることは疑いありません。 特に水平装甲厚229ミリは大和型に匹敵し、日本の八号艦型で伝えられる127ミリ、米サウスダコタ級の89-152ミリを大幅に凌駕するものですから。

     もっとも必要性がないのも明白なので、軍縮条約が結ばれたわけですが。
    高村 駿明


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