37  いつもお世話になっております。
 ロンドン海軍軍縮条約の日本語訳を趣味で作っていたのですが、条約規定に不明瞭な点を感じました。
 自力で調べてみたものの、どうしても以下の解釈がわかりません。

(1)巡洋艦と駆逐艦の改装規定
 ワシントン海軍軍縮条約においては、「3,000トン以内で戦艦や航空母艦を改装できる」という規定があり、(明文化されているか見つけられないのですが)どうやらこれによる排水量増加分は各国が保有可能な排水量上限を超えても構わないと、解釈されているようです。
 しかしロンドン海軍軍縮条約においては、この規定に類似する巡洋艦や駆逐艦の改装規定が存在しないように見えます。これでは、基準排水量10,000トンの巡洋艦や1,850トン、あるいは1,500トンの駆逐艦をとりあえず「竣工した」と称し、それほど間を開けずに「近代化改装」と称して後から、装備品や装甲の追加、船体延長といった大規模改造工事を行えるように感じます。

 実際、日本海軍は条約が有効な1931〜1933年に古鷹型、1932〜1936年に妙高型を改装していますし、米海軍も1930年代にペンサコラ球の改装を行っているようです。
 英国ではロンドン条約切れ以降に、舷側装甲強化を含む大規模改装を行っているようですので、この辺りがどうなっていたのか、よくわかりません。何らかの制限規定はあったのでしょうか(例えば「改装しても差し支えないが、各国の保有可能排水量は変わらないので、排水量が増加する改装は事実上行えない」など。もしそうなら、初期の米重巡が9,000トンと称する理由がその辺りにあったのか、とも思えますが)。

 もし改装規定が存在しないなら、初春型や最上型をあそこまで苦しい設計にする必要もなかったように思います(実際、初春型は復元性向上で1500トン制限をオーバーしましたし)。
 改装前提の設計は予算取得や政治上困難ということなのでしょうか。

(2)駆逐艦の主砲口径について
 ウィキペディアなどでは最大5インチ(127ミリ)までとされていますが、条約文を読む限り、5.1インチ(130ミリ)が最大口径とされているようです。
 両者は口径でわずか3%弱の違いでしかありませんが、152ミリ砲ではなく、わざわざ制限一杯の155ミリ砲を開発したり、200ミリ砲を203ミリ砲に改装した日本海軍が、なぜ駆逐艦主砲については5インチのままとしたのか、よくわかりません。米海軍は127ミリ、英海軍は120ミリであり、130ミリ砲採用艦艇は条約批准国ではないようなのですが、なぜ最大5インチではなく、130ミリという規定になったのでしょうか。
 
 ご多忙のところ、大変お手数ですが、ご教授頂ければ幸いです。
高村 駿明

  1.  自己レスです。日米英には130ミリ砲搭載艦艇はありませんが、条約に参加しつつも批准しなかったフランス海軍の駆逐艦4クラスに130ミリ砲が搭載されています。条約上限が127ミリでないのは、当初、この辺りを考慮した結果なのかもしれませんね。

    1)ブーラスク級駆逐艦
     1922年度計画艦、12隻(22年度4隻、23年度6隻、24年度2隻。完成1926〜28年)、基準排水量1,319トン、33ノット、13センチ40口径単装砲4門、7.5センチ単装高角砲1門、55センチ魚雷発射管3連装2基)

    2)ラドロア級駆逐艦
     1924年度計画艦、14隻(24年度6隻、25年度4隻、26年度4隻。完成1928〜31年)、基準排水量1,378トン、33ノット、13センチ40口径単装砲4門、7.5センチ単装高角砲1門、55センチ魚雷発射管3連装2基。

    3)ル・アルディ級駆逐艦
    1932年度計画艦。8隻+未成4隻(32年度1隻、35年度2隻、36年度3隻、37年度2隻、38年度3+1隻。完成1940年、基準排水量1,772トン、37ノット、13センチ45口径連装砲3基、3.7センチ砲2門、55センチ魚雷発射管3連装1基、連装2基)

    4)シャカル級大型駆逐艦
    1922年度計画艦。6隻(22年度6隻。完成1926〜27年、基準排水量2,126トン、35.5ノット、13センチ40口径単装砲5基、7.5センチ単装高角砲2基、55センチ魚雷発射管3連装2基)

     ちなみに大型駆逐艦はシャカル級の他に、以下のクラスがあるようです。

    5)ゲパール級大型駆逐艦
    1925年度計画艦。6隻(25年度3隻、26年度3隻。完成1929〜31年、基準排水量2,436トン、35.5ノット、13.8センチ40口径単装砲5基、3.7センチ砲4門、55センチ魚雷発射管3連装2基)

    6)エーグル級大型駆逐艦
    1927年度計画艦。6隻(27年度6隻。完成1931〜34年、基準排水量2,441トン、36ノット、13.8センチ40口径単装砲5基、3.7センチ砲4門、55センチ魚雷発射管3連装2基)

    7)ヴォークラン級大型駆逐艦
    1928年度計画艦。6隻(28年度1隻、29年度5隻。完成1932〜34年、基準排水量2,441トン、36ノット、13.8センチ40口径単装砲5基、3.7センチ砲4門、55センチ魚雷発射管3連装1基、連装2基)

    8)ル・ファンタスク級大型駆逐艦
    1930年度計画艦。6隻(30年度3隻、31年度3隻。完成1935〜36年、基準排水量2,569トン、37ノット、13.8センチ50口径単装砲5基、3.7センチ砲4門、55センチ魚雷発射管3連装3基)

    9)モカドル級大型駆逐艦
    1932年度計画艦。2隻(32年度1隻、34年度1隻、38年度4隻は未成。完成1938年、基準排水量2,884トン、39ノット、13.8センチ50口径連装砲3基、3.7センチ砲6門、55センチ魚雷発射管3連装2基、連装2基)

     ちなみに、ロンドン海軍軍縮条約有効期間内だと、保有量合計で40436トン(駆逐艦)+63200トン(大型駆逐艦)+84502トン(軽巡洋艦)になります。この条約内容だと、フランス(とイタリア)がロンドン海軍軍縮条約を批准しなかったのは当然でしょうね。

     駆逐艦規定を備砲口径138ミリ以下、基準排水量2500トン以下とでもしない限り、フランスは既に保有している艦艇の大半が「軽巡洋艦」となってしまうわけですから(規定がこうなったなら、日米英の駆逐艦も別物になったかもしれませんが)。

    第17条
     許容総トン数の中で全体の10%を超えない限り、軽巡洋艦枠と駆逐艦枠の融通を行っても構いません。

     というルールがあるにせよ、仏伊の現状をほとんど無視した条約内容なのだな、と感じますね。
    高村 駿明

  2.  やや質問内容とずれますが、条約内容の背景を探る意味でフランス海軍がロンドン海軍軍縮条約を批准した場合について、試算してみました。

    ◆1930年度フランス海軍保有兵力量/予想条約保有量(英準拠で35%計算)
    重巡洋艦枠:20,000トン/51,380トン
    軽巡洋艦枠:21,747トン+大型駆逐艦56,664トン/67,270トン
    駆逐艦枠:35,120トン/52,500トン

     軽巡洋艦+駆逐艦保有枠合計119,770トン+重巡洋艦保有量で実質的に意味がない端数1,380トンを、軽巡洋艦枠に融通したとして、これを合計すると、121,150トン。
     ロンドン条約第17条の軽巡洋艦と駆逐艦の合計排水量10%融通規定を用いると、軽巡洋艦枠が12,115トン増加するので、計79,385トン確保できますね。現在保有している軽巡洋艦と大型駆逐艦の排水量合計は78,411トンなので、保有枠内に収まるという計算になります。これにより駆逐艦保有枠は40,385トンに減少しますが、1930年度現在の駆逐艦保有量が35,120トンなので特段問題ありません。

     計算が合うだけに、なぜ条約を批准しなかったのかは気になるところですね。とりあえず1.で書いたことは不適当でした。お詫びします。
     その内、イタリア海軍についても、計算してみます。
    高村 駿明

  3. >(1)
     ワシントン条約の主力艦および航空母艦の「改造」に関する規定は、第二章第三節第一款(ニ)にあります。
     ロンドン条約には、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦などの改造に関する規定はありません。したがってワシントン条約が認める主力艦等の改造に伴う排水量や主砲口径増大の例外(主砲口径増大が認められるのは仏伊のみ)の適用もなく、条約の認める排水量などの制限の範囲内での改造しか認められないということになります。

    参考 
    ワシントン条約日本語原本 アジ歴レファレンスナンバー A03021484300
    ロンドン条約日本語原本 アジ歴 レファレンスナンバー A03021828999
    アジ歴 http://www.jacar.go.jp/

    >2 重要兵種である軽巡と超駆逐艦を、これ以上増強出来ない事が最大の問題なのではないでしょうか。

    カンタニャック

  4.  どうもありがとうございます。
     日本語訳、ありがとうございます。自力で翻訳していたので助かります。
     巡洋艦・駆逐艦の排水量増大は一切認められていないということは、条約に忠実であるなら、初春型の性能改善工事なども違反だったということになりますね。軍艦は作ってみないとわからないところもありますから、こんな余裕のない内容で、よく問題にならなかったものです。
     この内容だと「航空母艦はワシントン条約規定が活きており、13000トンにできる。この排水量増大は制限量にはかからない」となるのでしょうか。

     >2については、イタリアも制限すれば問題なかったような気もするのですが、イタリア海軍は調べが間に合っておりませんので、何とも言えません。 
    高村 駿明

  5.  巡洋艦・駆逐艦の排水量増大は一切認められていないのではなく、1万トン、あるいは1850トンないし1500トンの個艦制限を超えず、かつ条約が認める合計トン数を越えていないなら排水量増大は可能です。
     たしかに初春型の改造は、ロンドン条約16条4項違反でしょう。でも「余裕がない」のは初春の設計と、本来ならもっと武器を降ろすべきなのにそれをけちった改造であって、ロンドン条約の責任ではないでしょう。

     ワシントン条約の改造規定は条約制定時の既存艦に対するものです。ロンドン条約で新たに規制対象となった鳳翔を1万トン強(プラス3000トン)まで改造することは可能でしょうが、その場合に増加排水量分が航空母艦の合計トン数に含まれるか否かについては、可否いずれの解釈も出来そうです。
     ただいずれにせよ、鳳翔をスクラップにして蒼龍飛龍つくったほうがよさそうではありますが。

     そういえば、今気づきましたが、フランスの場合、ル・アルディ級を4隻つくったところで1850トン型駆逐艦の枠がなくなりますね。

    カンタニャック

  6.  どうもありがとうございます。色々なことを考えさせられます。

     そうすると、最上型が本当に8,500トンだとしても、建造後の性能改善工事は困難なわけですから、元より条約を守る気がなかったのでしょうね。

     ロンドン条約下で行われた妙高型の第一次改装では、満載排水量が+1,364トンにも達し、高角砲換装やバルジ大型化など、外部からでも明らかに排水量が増える改装だとわかるように思いますが、これも押し切るつもりだったのでしょうか。時系列としては改装完成が1935年2〜6月、第二次ロンドン条約の会議が開催されたのは同年12月、日本が条約を脱退したのは翌1936年1月15日ですから、条約有効期間中であり確信犯に思えますが。

     以下感想ですが、そうした観点から言うなら、日仏伊も英米のように、条約型重巡洋艦を基準排水量10,000トンに到達していない艦型と発表すべきだったのかもしれませんね。

     フランス海軍のデュケーヌ級が基準排水量10,000トンだとするなら、これより主砲で2門多く(さらに55口径で重く)、カタパルトが1基多く、航空機搭載数、燃料搭載数乗員数も多く、航続力で2倍で、さらに装甲防御で2倍以上、缶・軸数と魚雷発射管は同等なペンサコラ級が「基準排水量9,096トン」などと言われても、フランスとしては、とても信じられなかったのではないかと思います(個人的には、英ケント、ロンドン、ドーセットシャー級はともかく、米ペンサコラ、ノーザンプトン級の基準排水量発表は、ちょっと眉唾ものだと疑っていますが)。

     鳳翔については、同艦に+3,000トンの改装を行うことがもしある状況なら、改造してしまったのではないかと思います。
     各国とも戦艦主砲仰角増大とか、主缶換装など、条約内容から見ればグレーというより、むしろ黒に近い改装をしていますし。

     私見を言うなら、鳳翔だけではなく、龍穣も「どうせ制限艦艇になるなら建造中に改造で大きくしよう」ではなく、2艦を不足が明白な条約制限外1万トン20ノットの高速給油艦か水上機母艦にでも改装し、基準排水量13,500トン+3,000トン改装前提設計の、史実より大きい蒼龍型を造ったほうがよかったように思いますけど、当時の情勢からすれば困難だったのでしょうね。

     フランス海軍が条約制限された場合ですが、ル・アルディ級4隻というのは、どのような計算をされたのでしょうか。
     (私が試算した限りでは)駆逐艦枠の余りは5,265トン+軽巡洋艦枠の余り974トンの合計6,239トンですから、974トンを融通したとしても、新艦型を1,559トンに減少しない限り、3隻保有になるように感じます(これなら新艦型を1,500トン型と言い張って、後々でブーラスク級駆逐艦などが退役するさいに、新型を1,850トンにするでしょうけど)。
    高村 駿明

  7.  たしかにみんな多かれ少なかれ違反している条約のスミをつつく話ではあるのですが。

     ワシントン条約が「reconstruction」(改造)による排水量増大を認めているのは「retained capital ships or aircraft carriers」つまり条約によって保持を認められた既存の主力艦と航空母艦であって、今後新たに建造される主力艦や航空母艦ではありません。
    (日本語正文は「保持スヘキ主力艦又は航空母艦」となっていてあいまいですが、英文と照らし合わせれば、「条約によって」保持すべき艦の意味であって、「今後」保持すべき艦の意味でないことは明らかです。)

     鳳翔はワシントン条約上は航空母艦ではありませんから、ワシントン条約下では1万トンに達せず規定以上の大型砲を搭載しない限りどんな改装をしても自由です。(垂直防御の強化も条約の対象外ですから可能でしょう。)ただし改装によって、基準排水量が1万トンに達すれば、ワシントン条約の規定による航空母艦となり、その排水量は日本の航空母艦総排水量に算入されます。この場合は新たな航空母艦の建造と同一に扱われ、したがって航空母艦の個艦上限を超えない限り何トンにしようと自由ですが、そのトン数は全部が日本の空母保有枠に算入されます。赤城や加賀の排水量が全部算入されるのと同じことです。
     (つまり別のいい方をすればワシントン条約の規定によれば鳳翔は航空母艦ではありませんから、日本は3000トンのボーナスつき改造が可能な既存の「航空母艦」を一隻ももっていないのです。)
     ただし、ロンドン条約によって鳳翔は「航空母艦」になったわけですから、ロンドン条約が前提とするワシントン条約に基づく改造ボーナス排水量も与えられるとする解釈も、航空母艦になったのはロンドン条約によってであるからロンドン条約成立時に航空母艦が建造されたのと同じに扱うべきだという解釈も可能でしょう。

    > ル・アルディ級 
    単純に1500トン以上1850トン未満の大型駆逐艦枠を4隻で使い切ってしまうのではという話です。
    カンタニャック

  8.  ご教授ありがとうございます。
     条文の一項目でも、軍備が相当に変化するというのがわかります。
     調査を自分なりにやる、時間が取れず、お礼のみですが、ありがとうございました。
    高村 駿明


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