140 漸減邀撃作戦について教えてください。
海軍関係ですのでこちらに投稿しました。

たまにネットで軍事ネタを調べる程度の素人です。
太平洋戦争時の日本海軍の軍備を調べています。

軍備計画があまりにこの戦術に偏っている事に驚いています。

疑問の内容
1.アメリカ軍が大挙押し寄せてこなかったらどうするつもりだったのでしょうか。

また、真珠湾攻撃は山本提督が上記の様な疑問を呈して実行した、と言う記述がありました。

2.それまで苦労して整備してきた事をそんなに簡単に覆せるのでしょうか。
3.真珠湾攻撃が無ければ実際にこの作戦が実行されたのでしょうか。


以上下らない質問で恐縮ですが教えて頂ければ幸いです。
コーヒー

  1.  漸減作戦とは、大挙押し寄せてくる米艦隊を段階的に削いでいって、決戦局面での数の不利を無くそうというだけのことで、陸戦の防衛側が火砲・空襲等で攻撃側の衝力を削いでいって、防御陣地での決戦的場面での不利を少しでも補おうとするのとなんら変わらず、発想そのものは全く堅実なものです。

    1.米軍が大挙で来なければ、西太平洋の制海権は日本側にあることになりますから、基本的に困りません。
     しかし、米軍が小規模単位の艦隊に分散して西太平洋で遊撃的展開・通商破壊を行った場合、この米艦を探し回って潰したり、通商路護衛兵力を準備するのは大変です。遊撃艦隊対応用の兵力を決戦兵力から抜かないといけないので、非常に困ったことになります。これも従前からある海洋戦略の一つです。この為、敵がこのような遊撃戦を考えるならば、敵根拠地に押しかけようというのが、これまた古典的海洋戦略になります。真珠湾攻撃はそういった側面から考えるべき面もあります。
    2.1.で述べたように、根拠地を襲撃するというのは、これまた基本的な考え方です。日露戦争でも第一次大戦でも開戦劈頭に日本軍は敵根拠地を襲撃してますから、ある意味自然な流れですから、真珠湾襲撃は発想的には何にも飛躍は無いでしょう。
    3.米が戦争の短期終結を目論んだ場合、米太平洋艦隊は大挙押し寄せてくるでしょう。その場合はこうした漸減戦を日本側は企図することになったでしょう。実際には開戦前に米国は大規模な艦隊建造計画に着手してますから、開戦直後に決めるより新造艦が揃うまで待ってから大挙押し寄せとし、新造艦が揃うまでは従来戦力の一部を以って遊撃的作戦を行って日本側を翻弄消耗させるという可能性が高いかと思われます(つまりは史実のような)
     これは当然日本軍だって想定したでしょうから、真珠湾で既存兵力を潰しておこうという発想に進んだのでしょうね。
     つまりは漸減作戦とは、軍縮条約で「今ある戦力」が大よそ確定している条件での戦争のやり方であって、相対的な戦力比が異なってくれば、当然考え方や戦い方も変わらざるを得ないわけです。ですから軍縮時代は漸減中心でも良かったのです。
    SUDO

  2. 日本海軍の戦略は1930年のロンドン軍縮条約以降、アメリカとの艦艇保有比率が決定的に不利となったことをどう克服するか、をテーマに策定されています。その結果、艦艇兵力の不足を航空兵力の充実で補うという基本的な方針が確立され、それが日本海軍航空隊の発達を促しています。

    漸減作戦はそうした戦略の中で生まれたもので、その具体的実施法が金科玉条視されていたという訳でもありません。よくある漸減作戦批判はそうしたことを無視するか、想定すらしていない場合があります。
    大艦巨砲主義と航空主兵論を対置する論評も同じようなもので両者がどのような関係にあったのかを把握せずに単純な新旧思想対決と眺めると誤解のもととなります。


    疑問1について
     内南洋を確保しての持久を考慮しています。具体的な軍備計画で言えば昭和17年度のマル五計画はそうした計画です。そして開戦劈頭に真珠湾を叩くという発想は既に昭和初期から存在しています。海軍航空隊の用法としては斬新な着想ではありません。

    疑問2について
     海軍の軍備計画は軍縮条約以降の基本方針に沿って海軍航空隊を充実させながらその技術、兵力の拡大に沿って内容を変化させています。戦術も一様ではありません。

    疑問3について
    漸減作戦の解説を素直に読むと「そんなに都合よく段階的に兵力を削られながら敵艦隊が盲進してくれるのか」と疑問を抱いてしまいますが、実際には漸減作戦の各段階は一気に詰めるもので、当時の艦隊決戦思想としては海上、海中、空中の諸兵力の連携を重視するという点で標準的なものです。米海軍もよく似た発想を持っていましたから、殊更に特別視する必要はありません。
    BUN

  3. 質問3について。

     アメリカ側の初期の対日戦争プランは、大急ぎで艦隊を整え、フィリピンを救援する「通しチケット」作戦 "Through Ticket(to Manila)"でした。
    しかしこの計画は、1933年に大幅に見直され、太平洋上に二つの拠点(計画ではエニウエトクとトラック)を確保してから、フィリピンあるいはその他の戦略目標に進むというものに改訂されました。(実際の第二次世界大戦でも、目標となる島は違っても、飛び石のように島を取りながら前進するやりかたが実施されました。)

     ただし漸進作戦はあくまでも、フィリピンの長期防衛は不可能という判断を前提とした、「アメリカ海軍」の立場を中心に考えられたプランです。
     フィリピンに駐留するアメリカ陸軍(特に声の大きいマッカーサー)は、当然の事ながら、フィリピンを救援する「通しチケット」作戦の実施を海軍に強く求めています。太平洋艦隊が健在で、フィリピンのアメリカ軍が日本軍に対して健闘を続けているといった状況になった場合、最高司令官である大統領がどのような判断をするかは、不確定要素が多いでしょう。
     
     前者のプラン(通しチケット)がそのまま実行されると、開戦からほど遠からぬ時期にフィリピンに向かうアメリカ艦隊対連合艦隊の決戦が発生することになりますが、後者のプラン(漸進作戦)ですと決戦までにはある程度の時間がかかるでしょう。ただし>2でBUNさんがおっしゃっているように、エニウエトクからトラックに来るときとか、トラックから次の目標に侵攻するときなどに「漸減作戦」を実施することは可能でしょう。
     そうはいっても準備不足のアメリカ艦隊が長距離の航海の後に戦うことになる「通しチケット」のほうが、日本側にとってはやりやすいのは確かでしょうが。
    カンタニャック

  4. SUDOさん、BUNさん、カンタニャックさん
    早速ご回答頂きありがとうございます。

    皆様の詳しい説明で以下について納得いたしました。

    優勢な敵敵に対する守勢側の作戦として、至極ノーマルな作戦である事、
    条約で戦力比が固定されていて、明確な場合は尚更、
    敵が遊撃作戦に出た場合として敵拠点攻撃もまたノーマルな作戦である事、
    アメリカが大挙まとまって来る可能性が充分にあった事、
    (作戦を実行する局面が充分あり得た事)

    「そんなに都合よく段階的に兵力を削られながら敵艦隊が盲進してくれるのか」
    私が思ったのもまさにその事でして、漸減作戦の事を初めて聞いた人は必ず疑問に思うはずです。


    追加質問になってしまうかも知れませんが、
    更に一点だけ飲み込めない点があります。
    それは艦船の数や編成に留まらず、個々の軍艦の仕様にまで漸減作戦が影響している(と言われている)事がとても気になるのです。

    例えハワイを占領しても戦争が終らない事は当時の日本も理解していた訳です。
    ですから(史実のように)内南洋を確保しての持久戦 に突入した場合、シーレーン防衛の重要性が増す事は当然な事と思います。
    ところが
    漸減作戦用の軍艦の転用で不便が生じた旨の記述を多く目にします。
    また貨物船航路の一貫した護衛が可能な量産型海防艦の生産もやや時期を逸した、と言う事もよく耳にします。
    一方最初からシーレーン防衛専用艦ばかり造っていては大挙侵攻して来るアメリカ軍には対処不能という事になります。

    アメリカ軍大挙侵攻⇒漸減邀撃決戦
    拠点奇襲⇒シーレーン防衛(史実)

    この2つの可能性があったにしては軍艦の設計がやや漸減寄りではないか、と言う疑問が残ります。

    それとも「日本軍艦は漸減作戦専用」はそもそも単なる誇張か情報の形骸化であって、性能的にさほど不便は無かったのでしょうか…。
    (定説では航続力、居住性、対潜能力不足、対水上攻撃力過剰と言った所でしょうか。)
    コーヒー

  5.  シーレーン防衛とは、制海権確保に他ならないんです。
     潜水艦による被害なんてオマケです。もちろん商船だって失うよりは失わないほうが良いのですが、護衛戦力を増やしたら、そのリソースの分だけ前線戦力が減るので、商船は守れたけど決戦に負けて航路が途絶するだけのことです。
     結局、前線で決戦のために抱えておかねばならぬ兵力と後方の通商路の警備に回す兵力を両立できるだけの余力が無かったというだけのことです。
     また日本艦は航続性能は大きめな部類ですし、対潜能力も艦や漸減に理由を求めるのは難しいでしょう。どちらかというと電子機器や戦術の洗練度の問題ですし、対水上戦闘能力が過剰だったことは特にないかと思われます。
    SUDO

  6. 納得いたしました。
    確かに艦船のあり様について、全て漸減に理由を求めるのは間違いのようです。


    素人質問に付き合っていただきありがとうございました。
    お陰で見方が広がりました。
    コーヒー


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