489 シブヤン海の戦いで「武蔵」は第一次空襲で被雷のショック(主砲発射の衝撃説もあり)で方位盤がレールから外れて以後砲側照準を強いられています。しかしそうした事態に備えて後部艦橋にも測距儀と予備の方位盤を装備していたのではないのですか。なぜ後部艦橋を使って主砲の方位盤射撃をしなかったのでしょうか。もちろん、方位盤が使えておても「武蔵」沈没の運命は変わらなかったでしょうけれど....



もの知らず

  1. その後部艦橋の予備方位盤も直後に故障しました
    霧番

  2. ご存じとは思いますが、46センチ砲のような大口径砲による対空射撃は、遠距離の大編隊(分散前)に対するものの場合その有効性が発揮できます。

    しかしながら武蔵の戦闘詳報をご覧いただければお解りのように、レーダーでは遠距離探知したものの、当日の天候は雲などの状況により敵機の視認は限定され、方位盤による遠距離照準は不可能でした。

    このため主砲もほとんどが雷撃行動に入った近距離の雷撃機に対するものとなりましたが、これは方位盤による統一指揮ではなく(不可能であり、かつ無意味です)、各砲塔ごとの分火であり砲側照準、しかも射距離は距離固定の待止発射です。

    したがって、シブヤン海における「武蔵」の主砲の対空戦闘は、主方位盤の故障や後部副方位盤の活用とは無関係で、砲側照準を強いられていたわけでもありません。 近距離の対空射撃では元々それしかできなかったのです。

    艦船ファン

  3. 問題はむしろ対空・対艦戦闘にかかわらず、戦闘艦艇としてとうぜん想定内の筈の被雷もしくは主砲発射の衝撃によって主副双方の方位盤が短時間のうちに使用不能となってしまうという脆弱性(設計由来?)ではないでしょうか
    駄レス国務長官

  4. 霧番様、艦船ファン様、駄レス国務長官様、ご回答ありがとうございました。遅くなりましたが、御礼申し上げます。
    もの知らず


Back