567 秋月型がミッドウエー開戦に間に合っていれば空母部隊を爆撃から守れたでしょうか?
あめりかんぱんだ!!

  1. 三空母に命中弾を与えた米艦爆は断雲を利用して接近し、奇襲に成功しています。見張能力の問題、と思います。


  2. ご質問が、秋月型と同様の火力と索敵能力を持つDDA群による最適な艦隊防空がなされていたらとの仮定でしたら、イエスかもしれません。しかしながらレーダーだけでなく、わが日本空母の防空ドクトリンを変革させて、四空母をそれぞれ数十キロはなれた水平線以遠に配置した上での、無線通信によるGCIの実用化が必要です。十分な隻数のDDAにより護られた四つの輪形陣を分散させておけば、史実のような敵急降下爆撃機による3隻ほぼ同時被弾は避けられたはずです。
    豪腕少年タイフーン

  3. 終戦時の砲術関係者への米軍聴取に対する回答では、八九式で150発で1機撃墜、九八式で100発で1機撃墜する、そして、急降下爆撃に対して高角砲は無力であるとも回答しています。
    自己評価でこのような有り様ですから秋月型を何隻護衛につけても結果は大きく変わらないでしょう。
    BUN

  4. 仮定のご質問ですので、昭和17年に13号電探や22号電探などが間に合うわけがないのですが、もしも電探が実用化された秋月型がミッドウェー海戦に間に合っていれば、見張り能力も格段に向上していたはずですので、数十海里以遠まで敵攻撃部隊の編隊を索敵可能なら、敵に奇襲を成功させることはなかったかもしれません。

    またVT信管はもちろんのこと、射撃指揮装置を欠いていたのは、かなり致命的だったと思います。しかし、いくら光学による高角砲のコントロールの人手に拠る射撃だったとはいえ、一般的に「急降下爆撃は標的上空に長く留まるをざるを得ないため、対空砲火に狙われやすかった」とされているのに、なぜ無力と自己評価せざるを得なかったのか不思議です。

    ともかく、日本空母を分散配置しておいて、遠距離の敵攻撃機の索敵に成功した上で、CAPの零戦を的確に誘導し、当たらずとも高角砲の弾幕をはれるだけで、敵急降下爆撃機は撃墜を免れても、攻撃を中止して投弾して逃げていくか、正確な急降下爆撃が不可能になっていた可能性が高いと愚考します。少なくとも、同じ敵VAに複数の正規空母が次々に喰われることはなかったと思っております。
    豪腕少年タイフーン

  5. ミッドウェーでの米海軍による急降下爆撃は1の片様の発言に加え、戦闘機も含めた艦隊の耳目が雷撃隊の迎撃で低空に引きつけられていたから成功した、と言えると思います。
    であるならば例え秋月型が複数あろうが、同じ状況である以上は急降下爆撃を阻止出来るとは思えません。
    史実と同じタイミングで敵機を発見しても、98式10cm高角砲は旋回・俯仰速度が早いとはいえ3でBUN様が述べられている命中を期待出来るだけの砲弾を発射する事は不可能でしょう。

    >>4
    仮定に仮定を重ねた上、質問内容への回答からかけ離れ過ぎてはいませんか?
    薩摩

  6. >射撃指揮装置を欠いていた

    九一式、九四式の高射装置は「射撃指揮装置」とは言えない、との評でしょうか?
    WE

  7. 4.>一般的に「急降下爆撃は標的上空に長く留まるをざるを得ないため、対空砲火に狙われやすかった」とされているのに、なぜ無力と自己評価せざるを得なかったのか不思議です。

    どのようにしてそう感じられたかは存じませんが、たとえば89式12.7センチ高角砲は、
    「本砲の開発に当たって性能の基準としたのは、320km/hの敵急降下爆撃機が高度5,500mで侵入し、この敵機が本艦上空で急降下に移るまでの約100秒間に、高角砲一基あたり60発の弾丸を発射し、2基の120発で必中弾を得るものとした」(森恒英氏著・軍艦メカニズム図鑑)
    上記はもちろん理想値ですがカタログ値の発射速度14発/分はこの理想値にわずかに届いていません。しかも理想値ですら3.でBUN様が紹介された150発の弾量を投射できないことがわかります。この理想値は有効射程一杯を想定しているので電探があったとしても射撃開始は早まらない。そして実戦では相当に発射速度は低下しますし、SBDはこの想定より速いですし、光学での測的も非常に難しい。
    98式10センチ高角砲は一段と性能が上がっていますが、駆逐艦の高角砲は動揺周期に合わせて撃ちます。秋月型は動揺周期12秒ぐらいなので6秒間隔で撃てるとして1門当たり10発/分です。89式12.7とくらべて発射速度は実質的に向上していません。
    このように数字だけ見ても無力と評価するしかありません。
    超音速

  8. 更に言えば、八九式の砲弾重量23kgに対して九八式は13kgと半分程度しかありません。
    これは高発射速度や高初速を得る為に意図的に妥協したためですが、実戦において発射速度に期待できないとなると、あとは射程と射撃精度に頼るほかありませんが、射程はともかく、威力が小さいのでより高精度に狙う必要があると……。
    やはり、当時の高角砲では阻止するのは難しいかと。
    きっど

  9. 1)仮定の事案についてのこれ以上のディスカッションはこれ以上遠慮させていただき、ギボなどでお願い申し上げます。

    2)>1、日本側の資料では「米艦爆は断雲を利用して接近し」とよく書かれておりますが、BOMBING SQUADRON SIXの公式報告では「The weather was clear and visibility excellent.」とされ、Enterprise Air Group CommanderのC. Wade McClusky少佐に空母4隻とも視認されております:http://www.cv6.org/ship/logs/action19420604-vb6.htm

    3)赤城に最初に命中弾を与えたRichard Halsey Best大尉は、自分の攻撃成果を確認するまで、自分に対する対空射撃には全く気付いていなかったと述べております。単に攻撃に集中していたために、気付かなかっただけかもしれませんが、対空砲火に全く煩わされることもなく、訓練同様に投弾して命中させられたようです(加賀を攻撃したマクラスキー少佐は、対空砲火に気づいていました)。米攻撃隊では無線電話で、どの編隊がどの空母を攻撃するのかの指示が飛び交っていましたので、傍聴した敵無線電話交信を直ちにCAPやAAAの指揮に活用されていたのかどうか知りたいところです。

    4)対空砲火に全く気付かなかった割に、歴史ある米軍急降下爆撃機の命中率は大したことはなかったようです。米海軍側から見たミッドウェー海戦については、Jonathan Parshall and Anthony Tully著「Shattered Sword: The Untold Story of the Battle of Midway」の一読をお勧めいたします。USNIのプロシーディング誌の2005年のNotable Naval Booksにも選ばれております。
    豪腕少年タイフーン

  10. >7, 超音速様、貴重なご指摘をいただき、誠に有難うございました。

    これについては、別に私が勝手に頑迷にそう信じているわけではありません。
    私が入手できる「dive bomber」に関する資料のほとんどには、そのように記載されていますので「一般的に」と注釈をいれさせていただきました。

    ためしに「vulnerable "dive bomber"」と検索していただければ、多くのコンテンツがヒットします。日本語でも「急降下爆撃は標的上空に長く留まるをざるを得ないため、対空砲火に狙われやすかった」と長文をそのまま検索していただくと、Wikiをはじめとしてヒットします。

    もしもこれが大きく誤っているのでしたら、ぜひ、Wikipediaを訂正していただければ幸いです。私ども素人のマニアにとって、非常に有難いと存じます。
    豪腕少年タイフーン

  11. >10
    wikiでの「急降下爆撃は標的上空に長く留まるをざるを得ないため、対空砲火に狙われやすかった」との記述は緩降下爆撃と急降下爆撃を比較した場合についての話ですよね?また、おそらく対空砲火は高角砲と機銃の両者を合わせての記述であって、高角砲では急降下爆撃にたいして有効弾を与えることが困難であるというBUNさま、超音速さま、きっどさまの回答とさほど矛盾するとは思えませんが・・・。
    >2、4
    そうして空母を分散させていた米軍はミッドウェーで攻撃隊が各艦ともバラバラに日本艦隊に空襲をしかけ、満足な直援機を得られなかった雷撃隊がほとんど全滅状態になってますよね?
    爆装零戦

  12. >>10
    豪腕少年タイフーンさま

    丁重な文章で書かれていますが、wikiを訂正しておいてくださいというは、あつかましいお願いですよ。
     それに編集自由なwikiは文章責任の点で嫌う人も多いですよ(このサイトには商業誌で執筆されている方もいますから)。


    絶叫川西市民

  13. 1)急降下爆撃のリスクとベネフィットについては、1932〜1940ごろに、各国で散々議論しつくした話題です。「Many aviators felt aircraft were too vulnerable to anti-aircraft artillery while dive-bombing.」との意見も多くでましたが、当時の各国陸海空軍とも急降下爆撃を採用したのですから、当時の各国の結論は明らかです。また大戦後期には、高性能レシプロ戦闘機や、高出力エンジンを搭載した高ペイロード雷爆撃機に垂直急降下爆撃をさせる試みはことごとく失敗しています(AM Maulerなどは試験もしていない?)し、戦後のジェットの時代になれば、急降下爆撃の構想すら消失してしまいました。時代ごとに、歴史が証明していますので、これ以上の不毛の議論は遠慮させていただきます。

    2)お題は「空母部隊を爆撃から守れたでしょうか?」ですので、13号電探や22号電探がカタログ性能を発揮して、南雲艦隊が空母艦隊の防空ドクトリンを索敵能力に合わせて大きく変更すれば、3隻の空母を一瞬で失った史実を、変えられた可能性があると申し上げたまでで、これ以上の仮定の議論はここでは遠慮させていただきます。

    3)史実においても、エンタープライズから遠くはなれて、遅れて発艦したMaxell F. Leslie少佐のVB-3は、Clarence Wade McClusky, Jr少佐のVB-6やVS-6に追いついて、同時に南雲艦隊を攻撃しています。当時の帝国海軍の搭乗員の技量を勘案すると、四隻の空母同士が少しばかり離れていても、各飛行隊が旗艦からの対空レーダー範囲内ならば、適切に誘導するだけで、十分な直援機のエスコートを受けながら、理想的な対艦攻撃に成功しても、決して不思議ではないと信じております。これ以上は仮定の議論になりますので、ご勘弁下さい。
    豪腕少年タイフーン

  14. >>13

    ……そもそも質問者の方が提示されているのは「秋月型が間に合っていたら」であって、それ以上でも以下でもなく電探の事なんか一言も出しておられませんが。
    そして貴方以外の回答者はそれに対し状況と装備性能から見て「無理」と回答しているだけです。
    設問に全く書かれていない事を矢鱈と持ち出し、仮定に仮定を重ねているのは貴方だけですよ?
    薩摩

  15. >>13
    >これ以上の不毛の議論は遠慮させていただきます。

    >これ以上の仮定の議論はここでは遠慮させていただきます。

    >これ以上は仮定の議論になりますので、ご勘弁下さい。

    ご自分で仮定の仮定を振りかざしておいて、反論されるとこの有様
    いったい何しに来たんですかね? 質疑をひっ掻き回すのが目的でしょうか?
    だめだこりゃ

  16. >13
    「これ以上の不毛の議論は遠慮させていただきます。」「これ以上の仮定の議論はここでは遠慮させていただきます。」「これ以上は仮定の議論になりますので、ご勘弁下さい。」などと繰り返されておりますが、そもそもは豪腕少年タイフーン氏が4.において、「空母の分散配置と対空駆逐艦の配備、レーダー誘導された零戦によるCAPがあれば空母を守れたはずだ」と思い込みと決めつけに満ち溢れた仮定を持ち出したことが発端であり、他の回答者の方はいずれも「高角砲で急降下爆撃機の阻止はできない」という事実を述べているのではないでしょうか。
    ミッドウェーの事例でいえば、飛龍から出撃した零戦4、九九艦爆18機の攻撃隊によるヨークタウン攻撃の際、米軍はレーダーによる日本軍攻撃隊の早期発見に成功していますが、12機のF4Fと2隻の重巡、5隻の駆逐艦(両用砲装備)に守られたヨークタウンへの急降下爆撃を許し、3発の被弾によって一時的に航行不能となる損害を受けています。日本機の損害は、F4Fによって零戦3、99艦爆10機が撃墜されているものの、対空砲火による損害は99艦爆3機に過ぎません。また、ほぼ同様の構成の輪形陣を組んでいる第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦においても米軍は日本軍機による急降下爆撃を阻止できていませんよね?特に南太平洋海戦においては別々の輪形陣内に居たホ―ネットとエンタープライズの両者が攻撃を受けて被弾し、一方で別々に出撃した米軍攻撃隊は、エンタープライズ隊が日本空母を発見できないという無様な結果に終わっています。1943年後半以降の再建された米海軍空母機動部隊がいずれも4隻前後の空母ごとに輪形陣を組んでいることからも、どのような空母の配置が理想であるかは歴史が証明しています。

    爆装零戦

  17. >13
    ついでに豪腕少年タイフーン氏が13.においてあげられた1)〜3)についても当方の見解を述べさせて頂けば、
    1)「高性能レシプロ戦闘機や、高出力エンジンを搭載した高ペイロード雷爆撃機に垂直急降下爆撃をさせる試みはことごとく失敗しています」
    →垂直急降下爆撃が可能か否かが本設問のどこに関連しているのでしょうか?また、あなたがお好きな戦後米海軍機のA−1スカイレイダーやA−6イントルーダー、A−7コルせアIIについているダイブブレーキはお飾りですか?
    2)「南雲艦隊が空母艦隊の防空ドクトリンを索敵能力に合わせて大きく変更すれば、3隻の空母を一瞬で失った史実を、変えられた可能性がある」
    →16で申し上げたとおり、ほぼあなたの理想とする艦隊構成をとった米海軍空母部隊は1942年に行われた空母戦において日本軍の急降下爆撃を阻止できていないばかりか、攻撃隊の連携ミスによる攻撃失敗という醜態をくりかえしています。また、米軍空母戦力が圧倒的に優勢となった1944〜1945年においても、日本軍の急降下爆撃・緩降下爆撃・特攻によって多数の空母が大破しています。日本海軍が戦前に予測したとおり、空母部隊が敵艦隊の航空攻撃を完全に阻止することは困難であり、だからこそ日本海軍はマル4計画で装甲空母大鳳や秋月級駆逐艦の建造によって自軍空母の生残性を高める努力をしつつも、同時に彗星艦爆や天山艦攻といったアウトレンジ作戦用艦載機を開発し、空母の集中配備によって第一撃の打撃力を最大限にあげることで、遠距離先制攻撃の一撃で勝負を決めようと構想しています。
    3)「Maxell F. Leslie少佐のVB-3は、Clarence Wade McClusky, Jr少佐のVB-6やVS-6に追いついて、同時に南雲艦隊を攻撃しています。」
    →VB-6、VS-6が雷撃隊からはぐれた上に日本艦隊を見失って捜索に時間をとられた結果として、遅れて出撃したVB-3とほぼ同じタイミングでの攻撃となっただけであり、同時攻撃の成功はただの運によるものではないですか?
    日本海軍では戦前の演習の結果から、離れた空母から発進した攻撃隊が合流することは困難であると結論し、空母同士が互いを視界内に入れて連携することを前提とした艦隊編制を行い、真珠湾攻撃では百数十機の攻撃隊を一人の指揮官が指揮することに成功しています。空母の分散配置では、艦隊直援機も攻撃隊も各空母ごとにバラバラに運用せざるを得ず、双方とも各個撃破を招くのみで「百害あって一利なし」であることは“歴史が証明しています”。

    豪腕少年タイフーン氏がご自身の思い込みと決めつけに基づいた「ぼくのかんがえたさいきょうのかんたい」を仮想(火葬)してたのしまれるのは一向に構いませんが、その妄想をこのAns.Qで垂れ流されるのは公害以外の何物でもありません。「私ども素人のマニア」と自覚されていうのであればこのAns.Qの回答には書き込まない方が誰にとっても幸せでしょう。

    以上、もはや誰も見ていないかもしれませんが、16、17と続けて長文失礼しました。もし豪腕少年タイフーン氏がさらなる議論を重ねることをお望みであれば、議論ボードにスレッドをお立てください。誰も興味がないかもしれませんが、当方は戦闘馬力で受けて立ちます。
    爆装零戦

  18. どの程度のifを持ち込み得るのかでもめているようですが、

    秋月は本来17年5月25日竣工予定、公試直前の補正工事のために遅れて6月11日竣工、6月15日瑞鶴に随伴してアリューシャン作戦支援のために出撃。ちなみに、第一機動部隊の内地出航は5月27日。
    「ミッドウエー開戦に間に合っていれば」という出題の「間に合う間に合わない」という観点を含めた文脈からは、まず17年5月25日竣工時点での秋月を想定するべきだろうと思います。

    ちなみに、対空電探に関しては、これは5月上旬に伊勢で実験が行われそれなりの結果を得ているもので、この伊勢は主力部隊に配属されて5月29日内地出航しています。「もし対空電探がミッドウェーの第一機動部隊にあったなら」という第二の課題を設定するのであれば、無理に秋月型に関連させるまでもなく、この伊勢が第一機動部隊に配置されていたことを想定すればよいだけのことなのだろうと思います。


  19. 当日の天候は、「雲量1〜2 雲高500〜1000米 視界60粁」。
    空気はクリアですが雲はあります。
    戦闘詳報で利根は「0723 敵数機雲中より赤城に対し突如急降下」といっています。また、敵機雲中へ逃れる、ともいっています。
    発見時の敵艦爆の高度は4000m(蒼龍)であるなど、明らかに雲よりも高い高度から接敵しています。
    太陽を背にするであれ、雲であれ天象気象を利用して、敵の見張りや対空砲火に照準されるのを出来るだけ避けて接敵するのは常識です。
    さらにいえば、雷撃と急降下爆撃という同時異高度攻撃により敵の注意と反撃を分散するのもセオリーにのっとったことなのですが、この戦闘では米艦爆が出遅れてしまい、結果的に異高度プラス時間差攻撃になってしまっています。

    こうしたことによって四空母が被弾してしまったことに対する反省と、何を改善するべきかということについては、戦闘詳報別紙戦訓などで述べられています。
    そこでは、高仰角に対する見張りの重視と、戦闘機の指揮や担当高度を分けた任務区分を明確にすべきだということなどが述べられています。
    そうしたものを目にしてみても、長10センチ高角砲搭載艦がこの局面で特に有効であったようには読み取れません。


  20. 片様

    私のせいで、こんなに荒れてしまってご不快な思いをさせてしまったのにもかかわりませず、極めて適切かつご明解な投稿で締めていただき、誠に有難うございました。

    仮定の秋月型は「竣工時」の形態で、隻数は1隻または多くても2隻。
    結論は「否」であれば、私も心の底から納得できました。

    また、不勉強な私どもに、ご丁寧な戦闘詳報別冊の記述をご教授いただき、誠に有難うございました。多大な犠牲のもとに得られた貴重な戦訓が、適切に活用されていたことを伺い、さすが帝国海軍だと、あらためて日本人である自分が誇らしく感じております。

    いつもの蛇足で、申し訳ございませんが、雷撃と急降下爆撃の異高度プラス時間差攻撃なら、結果的には、真珠湾の第一次攻撃隊の奇襲成功の際の構想と同じようになったわけですね。当時の米海軍も必死だったため、他のオプションをとる余裕は無かったと存じますが、多くのCAPの零戦が飛び回っている中に、真珠湾攻撃隊よりも遥かに少数で強襲してきたわけですから、被った犠牲の多さに鎮魂の意を新たにするとともに、米海軍のガッツにも敬意を表したいと存じます。

    誠に有難うございました。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
    豪腕少年タイフーン

  21. 2番艦照月は線表上で3か月ちょっと遅いスケジュールが設定されていますから、どう転んでも6月に就役はないと思います。


  22. >21, 片様、了解しました。有難うございます。
    豪腕少年タイフーン

  23. こっそりここに付けておきましょう。

    >9(2)

    私も含め、誰も読んでなかったのが笑えるところですが、雲の話は残念ながら見落としがあったようです。その文章のすぐ後に There were scattered cumulus clouds from 15,00 ft. to 2,500 ft. and the ceiling was unlimited. と続いています。
    15,00が1500なのか15000なのかわかりませんが、「高度2500〜1500(15000)フィートに積雲がちらばっており、その上限は相当高かった」と読み取れます(unlimitedが難しい→無限ではなく、限定されない、不定、もあり得る?)。
    いずれにせよ日米の記述は全く矛盾しません。

    とおり

  24. 小職も今夜暇なので、こっそり、ここに付けておきましょう。

    Cumulusなんですよ。 Cumulonimbusではないんですよ。
    積雲がちらばっているけど青天井ということなんですよ。「ceiling was unlimited」は。言外に、こんなに視界が良いのに撃ってこないのは、バカじゃない。との思いがあるのではないでしょうか。

    連戦連勝で、おバカになっていたんですよ。別にアメリカさんのかたを持つわけではないんですが。日本軍は、組織的に、内部批判ができない、学習効果の無い、(今の官僚さんのような)システムだったのではないでしょうか。インド洋での教訓もいかされてなかったし。

    豪腕少年タイフーンさま、孤軍奮闘、おつかれさまでした。あなたさまの主張がもっともだと思っている思慮深い読者は、多いと思います。

    ちょん太

  25. ノーサイドの後ですが、恐縮しております。

    まばらな積雲(Cu)の例:
    http://idc.wakayama-edc.big-u.jp/updfile/contents/11/2/html/3772/20091222/6866.JPG
    豪腕少年タイフーン


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