170 欧米の戦闘機には巡航速度が400キロ後半から500キロ台が珍しくないのに、零戦やF4F、F6Fといった艦上戦闘機の巡航速度が200キロ後半程度しかないのはどうしてでしょうか?
また、一般に長大な航続距離を謳われている後者が欧米戦闘機並みの高速で巡航させると、前者との差はどの程度縮まるのでしょうか?
ペドロ

  1.  機材としての最善速度と、戦闘条件が求める最善速度の違いです。
     飛行機はあまり低速では浮くために迎え角を増す必要があり、抵抗が増えてしまいますが、それ以上の速度範囲ならば、エンジンが過剰に燃料を噴射しないで済む程度(おおよそ全力の6〜7割ぐらい)までの出力で間に合う範囲の速度なら、馬力あたりの燃料消費率はあまり変化しません。つまり遅く飛べば飛ぶほど燃費は良くなります。大戦時の戦闘機なら300km/hも出せば十分に揚力に余裕がありますから、たいていの戦闘機で最も燃費が良い速度は概ね300km/h内外になり、これは欧州機でも基本的に変わりません。
     一般的に艦上機は空母に離着艦する都合上翼面荷重が低めなので、より低速側で粘れる、言い換えればより低い速度で飛べるので、最善の燃費を出せる速度はより低めになり、また空母戦の都合上長い滞空時間を要求される局面が多いという関係から、長時間粘るために「とにかく何時間浮いてられるのか」は大事なスペックになります。
     陸上機はいざというときに高速で殴り込んだり急行する能力が大事ですから、エンジンを全力全開せずに相応に燃費が悪くない範囲でどれだけの速度まで出せるのかは大事なスペックになります。
     つまり、どっちも、主張したい数字が違うのです。
     また速度と馬力は3乗の関係で、馬力≒時間当たりの燃料消費量ですから、それぞれの巡航速度と航続時間から逆算すれば、それなりの数字は出せるでしょう(もちろん、厳密な数字にはなりませんけどね)
    SUDO

  2. プロペラ機の最大航続距離は、揚抗比が最大となる状態で飛行することによって得られます。一般的な飛行機の本に紹介されている「巡航速度」は距離当たりの燃費最少となる「経済速度」ではなく「持続可能速度」が記載されている場合もあるようです。
    効率最大となる揚力係数で飛ぶには、高度にかかわらず指示(動圧)速度一定とすればよいので、高度を上げれば対地速度(移動速度)は大きくなります。以下に引用したマニュアルでは指示速度と航続距離、燃費の関係が指定されていました。 


    陸上機の例として
    ムスタングP-51Dのトレーニングマニュアルより
    高度4500mで実速度350Mph(563km/h)このときの燃費は約1.55km/l
    航続距離最大として指定されているのは、実速度265mph(426km/h)燃費2.09km/l) IASに換算すると339km/h
    P51の場合、巡航速度、航続距離がともに大きいという評価をされることが多いようですが、両者は同時に得られるものではなく別々の飛行速度で実現されています。500km/h台での高速巡航が可能なのですが、この場合、航続距離最大状態より3割程度距離当たりの燃料消費率が増えています。


    艦上機の例として
    F6F マニュアルより、最大航続距離を得るにはIAS 135knot/h(250km/h),最大滞空時間を得るにはIAS 125knot/h(232km/h)
    高度4500mの実速度に換算すると、前者は314km/h後者は291km/h
    この高度で280Knot(518km/h)で巡航することが可能ですが、この場合の航続距離は経済速度の半分程度になります。

    翼面荷重がF6Fより大きいF4Uのマニュアルでは最大航続距離を得るにはIAS 160knot/h(296km/h)という指定があります。





  3. 「零戦」堀越二郎、奥宮正武 より(風洞試験とエンジンスペックからの計算値 A6M2?)
    (機内燃料 高度 6000m)
     最大航続距離 速度 140Knot/h (283km/h) で1120nm (2070km)
     速度を上げると 速度 200Knot/h (370km/h) で690nm (1280km)
     同じく、高度3000mで
     最大航続距離 速度 120Knot/h (259km/h) で1170nm (2170km)
     速度を上げると 速度 200Knot/h (370km/h) で870nm (1610km)
     経済速度が「巡航速度」となっているようです。
     零戦52型では、「巡航速度」は200Knot/h 高度4000mとなっていますので航続距離最大となる速度よりもかなり高い速度が巡航速度として指定されています。

    「欧米の戦闘機」の例では、
    スピットファイアMk9
     世界の傑作機No102 では巡航速度 521km/h(高度6096m)となっています。
     パイロットマニュアルを見ると、最大航続距離を得るには指示対気速度(IAS)170mile/hourが指定されています。
     この状態を高度6096mでの真対気速度(TAS)に換算すると385km/hとなります。
     最大航続距離が得られる速度よりかなり大きい速度が「巡航速度」として指定されています。


  4.  ↓の過去ログが参考になるかと思います。
     http://www.warbirds.jp/ansq/12/A2003423.html

     因みに、世傑によると一式戦一型の巡航速度は320q/h/3,200mとなっていますので、3.の零戦同様、航続距離・航続時間が最大になる速度よりかなり高いことが分かります。
     なお、海軍は増槽を装備すると零戦の燃費は10〜20L/h低下すると判断していたようですので、これを元に過去ログの7.にある一式戦一型の推定航続距離とほぼ同様の算出方法で8.にある零戦二一型の推定航続距離を計算し直すと、3,326〜3,208qになります。
     11.で出てくる坂井さんの記録は対地速度では270〜280q/h辺りで達成されたようですから、68L/hが増槽装備時を含めての平均燃費として航続距離を推定すると3,395〜3,520qとなり、カタログスペック上の巡航速度時における航続距離より長く、3.の堀越氏の推算値とほぼ同様の傾向が見られることが分かります。

     欧米の戦闘機の例の追加として、丸メカのFw190にA-8の装備・速度・高度別の航続距離が掲載されていますが、これを参照すると、例えば増槽装備時に5,000mで545q/hで巡航した場合の航続距離は1,025q、460q/hに落とすと1,470qに延びる(世傑によるとA-3の巡航速度は570q/h/6,100m)と言ったことが読み取れます。
    T216

  5. お三方、詳細なご回答ありがとうございました。
    ペドロ


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