278 新参者ですがどなたか教えてください。
私の祖父は海軍253空の整備兵として終戦までラバウルにいました。
祖父の話ではココポの飛行場にいたということですが、文献ではあまり記述がなかったので、今のところ私の中では主に陸軍の飛行場として利用されていたという認識を持っています。海軍からも少数派遣されていたというような記載もありましたが、実際はどのような飛行場で、規模、派遣部隊、人物、戦果、被害、など些細なことでもよいので教えて下さい。
また、参考資料などあればよろしくお願いします。
よう

  1. 岩本徹三著の「零戦撃墜王」の中にココポ飛行場の記述があります。「ココポ陸軍基地に不時着」の章に岩本飛曹長の指揮する中隊がラバウルのトベラ基地を発進、朝からの空戦で燃料が無くなり、ココポ飛行場に着陸する記述があります。それによるとココポは以前は陸軍の基地であったが、海軍の整備兵が20名ばかりいて、着陸した岩本中隊の飛行機に燃料や機銃弾の補給を行っています。また陸軍の兵隊もいて、多数の連合軍機が零戦に撃墜されて付近に多数落ちていることや墜落した連合軍のパイロットがのこのこと歩いているのを見たことを、岩本飛曹長に話しています。岩本中隊が以前に三号爆弾でSBDを多数撃墜したときも、ココポの見張り所からの報告で確認している記述もあります。
    camomania

  2. 私もその本を読み、祖父に確認しましたが、「もっといた、そんなに少なくない」ということで、残念ながら実際はどうだったのかよくわかりません。
    しかしこの本と祖父の話は、桜色に間違うような零戦の不時着、沖からの艦砲攻撃など多々共通していました。
    ご丁寧な回答本当にありがとうございました。
    よう

  3. よう様

    ということはよう様の御祖父様は岩本飛曹長の飛行機を実際にご覧になられたということなのですね。是非もっと当時のラバウル航空隊の活躍の様子を伺ってみたいです。当時の証人が少なくなっているので、たいへん貴重な情報だと思います。
    camomania

  4. camomania様

    祖父は今まで自分から従軍中の話をすることはなかったのですが、私だけでも祖父の見たもの体験したことを知っておこう、知りたい、覚えておきたいと思い『ラバウル』『253空』『ココポ飛行場(南飛行場)』などをキーワードに本を読み、その本を祖父にも読んでもらい、当時の話を聞いています。祖父から話を聞けるのもきっとあと数年。私自身、恥ずかしながらあまり戦史や軍隊のことに詳しくないため少しでも知識をつけたいので、また何かありましたらご教授よろしくお願いします。
    よう


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