706 日本陸軍のキ83がターボ付ハ211を搭載していたのに比べ、同時期に海軍が計画した閃電や十七試陸戦は高高度性能を重視しているにも関わらず機械式過給のMK9Bです。また海軍でも双発や四発の機体にはターボを要求していますが、ターボ付単発戦闘機は既存機の改造型だけで、キ87やキ94IIのような新規開発はしていません。どうも単発機への排気タービン搭載に関して陸海軍で温度差があったように見えるのですが、こういった違いはどこから来たものでしょうか。
expery

  1. 陸海軍それぞれの方針というより、ひたすらに発動機側の状況があったということだと思います。

    陸海軍とも最初はフルカン継手付過給機を考え、フルカンが難航すると排気タービンに注目してゆきます。さらにその次の段階は機械式の一段三速や二段三速過給機付の発動機に主軸に変わってゆきます。こうした発動機側の変化に応じて機体計画が次々に変化していった様は、たとえば烈風やキ84の計画上に見ることができます。
    キ83やキ87のようなものは、たまたま排気タービンが主軸だった頃に計画された機体が実物となって登場する時期だった、ということでよいのではないでしょうか。



  2. ああ、解答がご質問の筋とずれちゃったかも。

    陸軍が排気タービン付単発戦闘機を専用機として開発した事情としては、本土の防空は陸軍が担任していたから、ということがありますね。


  3. 片様、早速のご回答ありがとうございます。

    >本土の防空は陸軍が担任
    実はキ87に関して世傑の陸軍試作戦闘機やこのサイトの他コーナーにP-47に対抗する制空戦闘機として開発されたと書かれていたのが疑問の発端なんです。キ94Iと閃電の比較ならば本土防空用と前線防空用の差で説明が付くと思うのですが、キ87が十七試陸戦に相当する制空戦闘機であるならこの違いは何なのだろうと。
    計画時期に一年の差があるのが理由なのでしょうか。
    expery

  4. 排気タービンの技術は元々海軍が昭和14年から研究を開始した海軍のものです。ですから昭和17年には九六陸攻と零戦に排気タービン搭載実験が進められています。
    これはどういうことかというと、支那事変後期から爆撃機の侵入高度は戦闘機の邀撃と高射砲を避けるために8,000mまで上がって来ていて、B29の侵入高度とほぼ同等になっているからです。ガダルカナルを爆撃する一式陸攻も8,000mで侵入して対空砲火と「高高度性能に劣る敵戦闘機の邀撃を避ける」ようになっています。
    戦闘の様相がこのように変化しているので、零戦ではこうした高高度侵入する爆撃隊の直掩がなかなか難しく、爆撃機の侵入高度はますます高くなる傾向にあったので陸戦に高高度性能が求められています。
    海軍にとって排気タービンとは既存機の高高度性能を向上させ得るデバイスとして考えられていたということです。

    陸軍も同じような認識にあるため、キ八十三のような機体が求められている訳で、キ八十七も侵攻用の戦闘機としての能力を期待されていますが、求める性能が似ているのに見かけ上、開発方針が異なるように見えるのは両軍の見通しの違いによります。
    早くから高高度用のデバイスを研究し過給器の改良を重視していた海軍に対して、陸軍航空本部は昭和18年度後半には将来の戦闘機はジェット、ロケットに進んで行くという見通しを持つようになっています。昭和18年度から陸海軍の協同試作路線が始まると、陸軍が利用したのは既に海軍主導で研究半ばを過ぎていた排気タービンの技術で、次世代のジェットエンジン技術につながり、簡易に艤装できると考えられた結果、多くの排気タービン装備機が計画されます。
    これに対して海軍は研究を進めて来たフルカン式の二段過給機の熟成に期待して昭和19年になっても烈風改(フルカン式)、震電(フルカン式)といった計画を進めています。
    何を今までやって来たか、どれが手早く手に入るか、と言う点で陸軍航本と海軍航本の違いが出たということですが、両軍の認識に根本的な違いはなく、結局、対B29用排気タービン戦闘機の実戦配備では海軍が先行することになります。



    BUN

  5.  便乗質問ですが、ハ43などのフルカン過給器はなぜ上手く行かなかったのでしょうか?
     ハ40〜140の過給器もフルカンで、こちらは終戦まで曲がりなりにも実用化できていますが…。
    NG151/20

  6. ちゃんと書かない私が悪いのですが、フルカン式の二段過給器だからです。
    ハ四三は一一型が排気タービンと機械式過給器の二段過給器で、二一型がフルカン式の二段過給器という計画です。
    BUN

  7. BUN様ご回答ありがとうございます。

    ええと纏めますと

    ・陸海軍とも高高度性能への要求は一緒

    ・排気タービンの研究自体は海軍が先行しており、結果的に雷電三二型のような対B-29用の既存機改修ターボ付戦闘機もいち早く完成させられた

    ・閃電他がフルカン式なのはその時点で排気タービン早期実用化の見通しがあまり明るくなかった(orフルカン式の期待度が高かった?)ため

    ・陸軍は海軍から提示された技術のうち、将来性があると考えられた排気タービンを計画中の新鋭機に取り入れようとした(フルカン式はキ63など既存機の発展型用?)

    といった理解で良いのでしょうか。
    技術開発の進展が少し違えば海軍機がターボばかりになったかもしれないわけですね。
    expery

  8. だいたいそんな流れです。

    また、キ六十二、キ六十三という中島の重、軽戦計画は実際には手がつけられていません。キ番号は呼び換えをしばしば行っていて、キ六十二はキ四十三の性能向上で消え、キ六十三は結局キ四十四III→キ八十四となって消えてしまっています。キ六十一もキ六十とする、という決議が一旦は行われていますので危うく消える番号でした。
    ですからキ六十三といった計画が実体を持って動いていたと考えるのは早計です。
    BUN

  9. 反応が遅れてしまいました。
    キ63とキ44IIIの関係がいまひとつ解っていなかったのですが、63の名が先にあり後から44IIIに振り替えられ更に84へ変更、という流れでしたか。
    色々と得心が行きました。ありがとうございます。
    expery


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