743  戦中戦前の日本の航空機製造会社間の技術の伝播(ここでは、その様に表記します)について質問します。
 例えば、失速防止に効果のあった主翼端の「捻り下げ」は堀越技師が96艦戦で初めて実施し、他社が追随したと聞きます。
 その堀越技師も零戦の設計に当たっては97式戦闘機の胴体・翼構造に倣って機体の軽量化に努めたようです。
 しかし、他社はいうまでもなく技術上また営業上のライバルであり、そう簡単に自分たちが作り上げた技術を渡せる相手とは思えないし渡す義務もないと思います。
 にもかかわらず、このように技術が伝播したのは軍からの指導なりがあったのでしょうか。また航空機の設計となるとかなり詳細なデータが必要になりますが、そういったデータまで渡したのでしょうか。

二一斎

  1. これは海軍の事例ですが、第五回風洞水槽研究会の研究事項です。
    海軍航空廠科学部が主催ですが、各社および陸軍も含めてこのような形で情報交換が行われているということです。
    官側の実験研究機関からの情報公開、学術研究機関からの発表、民間各社からの報告などをまとめて航空技術分野の足並みを揃える動きがこのような形で具体的に存在しています。


    研究事項
    一. 高速機に関する研究
    1超高速機用胴体形状に関する研究                 空廠 多田
    2高速気流中に於ける二次元物体抗力試験              空廠 多田

    二. 操縦性 安定性 運動性に関する研究
    3大迎角に於ける安定操縦性の研究                 中島 片岡
    4大迎角におけるプロペラ後流の影響                中島 片岡
    5単葉機と複葉機のプロペラ後流の影響比較             中島 片岡
    6A機の方向安定に関する風洞試験                 三菱 松藤
    7方向安定予備試験                        三菱 松藤
    8C機の横安定                          三菱 藤野
    9浮船艇体の重心位置に関する一実験                愛知 田所 
    10航研機の保舵力と操舵力に就いて                 帝大 小川
    11D機の大風洞試験成績                     陸軍 藤井
    12プロペラ後流静的縦安定及昇降舵効きに及ぼす影響        空廠 狼
    13ステップの位置と水上滑走中の姿勢               空廠 菅野
    14安定微分係数の計算                      空廠 新羅

    三. 発動機の研究
    15胴体及リングに関する風洞実験                三菱 大石
    16腹部冷却器の研究                       愛知 杉本
    17プッシャーの推進機を持つ空冷発動機の冷却に関する研究     川西 玄道
    四. プロペラの研究
    18二重プロペラの研究                      中島 片岡
    19静止プロペラの抗力                      帝大 河田
    20反転二重プロペラに関する理論的研究              空廠 河田
    21プロペラの推進効率について                  空廠 狼

    五.設計上の経験
    22浮舟設計上の一経験                      愛知 石井

    六.其の他必要と認むる事項
    23蝶番モーメント測定用天秤について               三菱 松藤
    24対称翼に関する研究                      三菱 松藤
    25各種下げ翼の比較                       三菱 松藤
    26相似模型によるB機のフラッターの一実験            三菱 藤野
    27抗力板の研究                         愛知 小澤
    28CZMAXの研究                       愛知 小澤
    29後体部の水抵抗                        愛知 田所
    30フロートの引っかかりに関する一,二の研究            川西 猪熊
    31開き翼付きの隙間フラップに関する二、三の研究         川西 田中
    32無尾翼飛行機に関する研究                   川西 田中
    33衝立の間に大弦長翼模型を入れた実験              帝大 谷
    34航研長距離機の飛行試験                    帝大 谷
    35ヘリコプタ空気力学的研究                   帝大 河田
    36スピンナの効用に関する実験                  帝大 河田
    37マノメーター用液エチレンクロルヒドリンについて        帝大 河田
    38翼系の理論的研究                       陸軍 石田 
    39風洞自動天秤について                     陸軍 盥見
    40翼型断面抗力測定実験成績                   空廠 新羅
    41対称型物体に及ぼす高速風洞壁の影響              空廠 多田
    42特殊フラップを有する主翼性能                 空廠 河本
    43翼捩れに関する研究                      空廠 河本
    44二座中翼単葉機急降下爆撃機水平尾翼実物風洞試験        空廠 河本
    45静圧勾配による空気力                     空廠 河本
    46風洞用自動天秤の研究                     空廠 木村
    47最大揚力係数とレイノルズ数との関係について          空廠 前川
    48プロペラ後流による抗力増加                  空廠 北野
    49自由動翼に冠する研究                     空廠 北野
    50水上所連の錐揉み試験                     空廠 今中
    51単座低翼単葉機風洞試験                    空廠 浅岡
    52三浮舟式水上機の研究                     空廠 近藤
    53浮舟底面形状と水抵抗                     空廠 菅野
    54浮舟幅と水抵抗の関係について                 空廠 菅野
    55流水水槽の研究                        空廠 永武
    BUN

  2. キ二十七とキ三十三の競争試作の過程を見ると、陸軍の方で要求してキ二十七に捻り下げをつけさせたりしています。
    完成して納品された機材は、その技術も含めて発注者のもの、と思う意識が軍の側にあったのではないかと思います。
    こうした経緯を通してやる気を失った三菱の戦闘機設計技術陣に対して、陸軍の側に「ファイティング・スピリットに欠ける」という論評もあり、総体としての技術の進歩を望むある種の楽天性とある種の無神経があったことがうかがえます。


  3. 機体に関する権利からいえば陸海軍は製造権を最初から持っています。
    軍の制式とはそうしたもので官で製造する場合はライセンスが不要です。
    よって制式兵器とは基本的に軍の物でもあるということです。
    BUN

  4. 以前に読んだ堀越氏の記事で、新しいリベットの止め方(だったかな)を考案したけど、特許を出願せずに誰でも使えるようにしたというのを読んだことがあります(出典失念)。今の世知辛い状況の中で生きる私たちには、何で?と思ってしまうのですが、そういう雰囲気だったのかなと思ってしまいます。
    泉水閑

  5. よく調べてないことではあるのですが、多分、特許を取っていても国家総動員法以降では意味をなさなかったはず、と思います。


  6. たぶん、これが適用されるのじゃないかと。

    国家総動員法
    第十三条 政府ハ戦時ニ際シ国家総動員上必要アルトキハ勅令ノ定ムル所ニ依リ総動員業務タル事業ニ属スル工場、事業場、船舶其ノ他ノ施設又ハ之ニ転用スルコトヲ得ル施設ノ全部又ハ一部ヲ管理、使用又ハ収用スルコトヲ得
    2 政府ハ前項ニ掲グルモノヲ使用又ハ収用スル場合ニ於テ勅令ノ定ムル所ニ依リ其ノ従業者ヲ使用セシメ又ハ当該施設ニ於テ現ニ実施スル特許発明若ハ登録実用新案ヲ実施スルコトヲ得


  7. 支那事変勃発以前では、三菱の堀越技師は、十二試艦戦に着手する直前に立川の陸軍航技研に出張して、キ27、キ28、キ33の審査について取材しています。
    >4でおっしゃる「誰でも使えるように」という全体としての技術力アップのために情報を共有する、割りとオープンな土壌はたしかにあったようにも感じられます。



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