753 軍用機開発期に製作されるモックアップについて質問いたします。世傑には大戦期の日本機の開発エピソードにモックアップ製作がでてきますが、ドイツを含めた欧米機にはあまりでてきません。欧米ではモックアップは造られないのかと言うとそうでもなく、数少ない手持ちの世傑の中でもB−25,B−24、F6Fなどにモックアップ発注の記事がでてきます。単に記事の原典の扱いが少ないだけかもしれませんが、日本機ほどモックアップに重要性を感じていなかったのでしょうか。モックアップ製作にも3、4ヶ月くらいしか時間をかけていないようです。日本機は半年から1年近くかけているようです。勘違いかも分かりませんがこの理由はなんでしょうか。
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  1. 木型製作は広く行われていますが、日本の場合は自主製作の機体が少なく、発注者である陸海軍と設計にあたる製造会社との間で視界や艤装に関する確認が具体的に行える木型審査はとても重要で、ここで様々な要求が出て来る一つの節目です。
    日本機の試作過程の紹介記事にそれが必ずと言って良い程取り上げられるのはこのような木型審査が試作スケジュールの中に組み込まれていて多くの記録文書に残されているからです。元となる資料にそう書いてあるので記事の書き手はそれを素直に転記している、ということです。
    BUN

  2. 日本での場合しか知りませんが、基礎設計が完了し、そのプランをお披露目する計画一般審査と合わせて、基礎設計を立体化した木型の審査が行われるわけで、計画要求から木型審査までに時間がかかっている場合があるとすれば、それは基礎設計に入るのが遅れてしまったからなのではないかと思います。
    官民の間で計画を揉んでいる時間が長かった、ということですね。


  3. ご回答ありがとうございます。欧米機についてはモックアップに関する記事が少ないので、P−51は試作機完成まで120日なのでモックアップは省略されたのではないかと考えています。P−47の場合試作機完成まで約倍の八ヶ月でモックアップの存在が微妙な感じです。なにか情報があったら教えてください。14試局戦(雷電)の場合昭和15年10月15日にモックアップ製作開始で12月26日に1次木型審査なので二ヶ月余りで出来ていました。十一試艦爆(99艦爆)の場合、昭和11年12月3日研究会が開かれその後本格的設計に入り12月21日に胴体と主翼の木型が完成、昭和12年1月15日に社内木型審査、1月22日23日に官の木型審査が行われたとありますが、余りに短期間なので未確定だったエンジン搭載部以外の部分を先行製作していたのではないかと考えました。11年9月から10月頃に3種類のエンジンに対応した組立図が完成しているので共通部分の胴体主翼を先に製作を進めていたのではないか思います。いずれにせよ二ヶ月ほどで出来ているので勘違いでした。
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  4. マスタングもちゃんとモックアップが製作されていますよ。
    BUN

  5. P−51のモックアップは存在したのですか。世傑に1/4の風洞モデルが造られたのは見ましたが、英文サイトにも見つけられませんでした。P−47はXP−47B開発のとき、自費でモックアップが造られコクピット部分はXP−43の物が再利用されたそうです。F4Fは「F4F mock−up」で検索するとモックアップの写真が載っているサイトがありました。コクピットのクローズアップや胴体左外皮が無いモックアップ写真などF4Fの写真が多数ありました。F8Fはモックアップは造られなかったそうです。P−40はP−36のモックウップが再利用されたようです。ありがとうございました。
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