772 ドイツ空軍における発動機開発について質問します。特にFw190〜Ta152系列の開発において高空性能の改善のための多段多速過給機やMW-50などのパワーブーストの開発に比べて排気タービンの開発に不熱心(皆無ではないFw190C有り)な印象があるのですが、いかがなものでしょう?
ドイツの冶金工学をもってすれば(日本よりは)耐熱鋼材の製作も容易でしょうし、極端なことを言えば撃墜したB-17からとっぱずして持ってくることもできたのではないでしょうか?何かドイツが排気タービンを嫌うハードルがあったとすればどうか教えてください。
備後ピート

  1. 技術力があっても肝心の材料が不足している状況では量産化が難しい面もあるのでは?
    また、ターボ装着となるとインタークーラーやその配管等熱対策で機体の構造変更も伴います。
    そのため優先順位が下がってしまったのではないでしょうか?
    例えば自動車でもターボの方が効率が良いもののエンジンルームが狭く有効な熱対策が採れないためスーパーチャージャーを選ぶ場合もありますから。
    マルヤ

  2. ジェットエンジンを実用化したドイツにとって同じように耐熱素材を使い性能の劣るターボチャージャーをあえて開発実用化するのは、限られた資源を有効に利用しなければならない状況では二の次にならざるをえないのではないでしょうか?
    また、ターボチャージャーは軸受の潤滑冷却にオイルを使用します。高品質なオイルが自国内で採れるアメリカだから運用できたともいえます。仮に実用化できたとしてもドイツにとって運用には困難が伴いそうですね。
    マルヤ

  3. ドイツの戦闘機開発で排気タービン装備機が途絶えてしまう一番の理由はMe262の存在です。

    Me262の最初の量産発注は1943年5月25日で、戦略爆撃が激化する以前にジェット戦闘機の生産計画が立てられています。この時点でレシプロ高高度戦闘機の優先順位は低下して補助的存在となってしまいます。
    また、Fw190B、Fw190Cの生産計画が立てられたのは1942年10月で、それよりも遥かに早い時期です。

    そしてFw190Cは月産225機の計画ですから資源の問題ではありません。

    高高度戦闘機に排気タービンというデバイスが必須だったかどうかは当時から大いに疑問視される問題で、大戦期最高の高高度戦闘機であるスピットファイアXIVやP-51Dは二段過給器装備によって排気タービン装備機の性能を凌いでいます。
    レシプロ高高度戦闘機にとって、必ずしも排気タービン装備機が理想ではないということですね。

    どちらにせよ、そしてB-17が飛んで来ようと来まいと、より合理的なMe262の計画が見えていたことが一番の原因だといえるでしょう。

    BUN

  4. >3
    大恥かいたばかりなので、書きにくいですが。

    そうなると、やはりFw190シリーズに注力した場合と、史実通りにMe262の生産を急いだ場合の得失を比較したくなりますね。

    江畑謙介さんが、湾岸戦争でイラク軍のT-72が米軍のM-1にまったく相手できなかった例をあげて、「世代の異なる兵器の間では競争にすらならない」といったことを書いていたのですが。
    Me262は間違いなくレシプロ戦闘機とは異世代の機体でしょうが、技術的あるは運用上は熟成途上であったとも考えられます。

    ベトナム戦争で、遥かに格下のハズのMig-17にF-105なんかが結構やられていて、これはAAMの信頼性がまだまだ低くて、命中しても爆発しなかったり命中にすら至らない場合が多かったから、あるいは格闘戦などもはや生起しないと早とちりした米軍の考えが間違っていたから、などと説明されていますが、そういった場合もある。

    Me262にかけたドイツ空軍の期待がいかに大きかったかはわかりましたが、その辺を考えてみるとおもしろいですね。
    じゃま

  5. Fw190Cの量産と配備の予定は史実のMe262と大して変わらない1944年後半なんです。本当にMe262が未来的な存在で、本当にFw190Cは手堅い選択肢だったかどうか、果たしてどちらが近く見えていたか、面白い部分ですね。
    BUN


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