1087 帝国海軍は、中部太平洋における主力を母艦航空隊ではなく基地航空隊とした段階で陸攻の空母攻撃能力をどう見積もっていたのでしょうか。
「Y20」が早期実用化されないと迎撃は降爆もできない陸攻が主体になりますよね。
母艦航空隊の奇襲を受けやすいし、実際受けた戦場なのに、それでも勝算はあると思っていた根拠はあるのでしょうか。
金星ファン

  1. 「海戦要務令続編(航空戦の部)草案」が出された昭和15年3月までに考えられていた陸上基地航空隊は、以下のような機種で構成されるはずでした。

     ・遠距離戦闘機
     ・局地戦闘機
     ・戦闘兼爆撃機
     ・陸上偵察機
     ・中攻
     ・大攻

    このうち所要機数として最も大きなところを占めるのは陸攻ではなく戦兼爆であり、既存の艦攻、艦爆、中攻の搭乗員をこの機種に回して人的な充足を図ろうともされていました。
    これを遠戦が護衛する、という構図になります。




  2. 実際には、こうした機種構成は実現されることなく対米戦に突入してしまいますが、二空のように艦戦+艦爆という編成になっている基地航空隊がこうしたプランを反映したものであるといえます。


  3. 回答ありがとうございます。
    戦兼爆のことは承知しています。
    問題は昭和17年になって、十三試双発陸上戦闘機がパッとしないうえY20(というよりもう十五試陸爆ですね)や十六試艦攻の完成は当分先、十三試艦爆の量産も進まない状況で陸攻主体になるであろう基地空が支持されたことだ、と思っていたのですが。

    結局空母に対しては降爆のできる機体が求められ、基地空にも対空母部隊が編成されていたということなんですね。
    sage

  4. あららsageだなんて予測候補になんか頼るもんじゃないですね。
    私です≻3
    金星ファン

  5. 「昭和17年になって〜基地空が支持された」というよりも、「開戦初頭における航空決戦は主として基地航空部隊を使用し、航空母艦は敵基地航空兵力の威力大ならざる地域において航空決戦に参加し、或いは基地航空部隊によりて獲得せる戦果の利用拡充に任ぜしむるを例とす」として基地航空隊を決戦の主軸に据えたのはずっと早い昭和15年のことです。
    さらに、それより早い昭和13年14年の性能標準案からそこに至る道が耕されてきています。
    さらに昭和16年のマル5計画は基地航空兵力の大量増勢をひとつの柱としています。
    昭和17年にあらためてどうこうという話ではなく、昭和13、14、15、16年を通じて基地航空隊の位置づけは既定方針化されていたことだったのです。


  6. そうなると現実が戦兼爆と遠戦という理想を欠いても基地航空隊を主力としつづけた帝国海軍は九九艦爆と零戦で対空母作戦は十分だと思っていたのですね。
    陸攻で空母を迎え撃つつもりではなかったいうことでよいでしょうか。
    金星ファン

  7. 現実の戦果の乏しさと悲惨な損害に目を奪われて、当時の陸攻に対する期待度の高さや、プリンスオブウェールズの撃沈などの実績もあった点を見落とすと不思議に思えますが、決戦場に機動集中する陸上基地の大型機による決定的な攻撃という発想は世界的にも自然な発想です。
    米軍も18年11月のブーゲンビル島沖海戦までは日本の基地航空兵力をそのように考えて警戒しています。

    BUN

  8. 基地航空隊空母の戦いは敵が緒戦で何度も発生しているしその過程で我が陸攻の空母を相手取った際のパフォーマンスも露呈しているように思われますが当時の視点では違ったのでしょうか。
    開戦前にも母艦航空隊を総動員してトラックや本土を模擬空襲させる演習を行っていたような記録を見たことがなく、どうして陸攻が空母を保有する敵に対して強いと思われたのか、あるいは実際には強いとは思われなかったから陸爆が開発されたのかよくわかりません。
    第二航空隊の編制や戦兼爆の話と、降爆可能な高速機開発や取得(九九双軽や二式双戦)の熱意の無さなど調べるほど混乱して困っています。
    金星ファン

  9. 日本海軍の航空軍備は開戦時にようやく主力艦部隊同士の艦隊決戦用軍備であるC計画の水準に達しつつある段階だったのですけれども、開戦後の分散と消耗でそれ以上の戦力を形成できないまま、基地航空隊の機動兵力である第11航空艦隊は壊滅してしまいます。
    昭和17年後半以降は元の戦力再建に向けて動いているので、新味が無くもどかしく感じてしまいますね。
    これは一旦、定まった軍備と戦術がなかなか変わらないということでもあります。

    そしてこのような状況を更に悪化させたのが、日本海軍が持っていた母艦部隊の防空能力への低い評価です。
    航空母艦は搭載機数に限りがあるので、邀撃戦闘機を十分に上げられないという認識が長く残存していて、米空母部隊の実力を低く見積もっているという過ちがあります。
    こうした認識は開戦前の文書類からも濃厚に窺えて、彗星や銀河などのちょっとした高速機であれば邀撃戦闘機を振り払って攻撃できるとの発想を生んでいます。銀河や彗星があれば良いという話でも無いのです。

    また、陸上基地の艦爆、艦攻はそれが戦況に応じて編成された次世代の機種構成という訳でもなく、元々は基地に艦上機を置くことで戦時に増備される新母艦への母艦機と乗員の供給源として構想されたものです。

    戦術にしても降下爆撃が万能ということでもなく、C計画時の軍備であっても雷撃でも高高度爆撃でも有効な規模で行えば良いという発想です。
    一度、方向性が定まった軍備と戦術はなかなか変わらないのです。
    BUN

  10. ≻航空母艦は搭載機数に限りがあるので、邀撃戦闘機を十分に上げられない
    私が気になるのはその点です。
    命中率が高い攻撃法を実践できれば、大戦末期でも紛れやすい少数の爆撃機や爆装零戦がよく艦隊型空母を撃沈破できています。
    一方で双発機の水平爆撃や雷撃では一定以上の規模の編隊でないと戦果を挙げたためしがないですよね。そうした編隊は発見されやすいので阻止に必要な機数は少ないはずですし、実際に一式陸攻17機を差し向けて空母一隻追い払うのがやっとだと緒戦で思い知らされていたはずです。けれどそうでもなかったんですね。
    そうした戦いを経た昭和18年以降に陸攻が攻撃戦力として空襲を受けているギルバート諸島に派遣されていたりするのは、戦果誤認の影響があるとはいえ惰性以上の何かがあると信じたいですが。
    金星ファン

  11. 海軍の基地航空隊がどんな機種で何隊あるかを見返すと基地航空兵力とは紛れもなく陸攻隊のことだとわかります。日本海軍はロンドン条約以来、この兵力を何年も掛けて育成して来た訳です。
    その決戦兵力がもはや有効ではなくなっている、という点を認識するまでにけっこうな時間が掛かっているということですね。
    BUN

  12. >11
    そもそも掩体壕を用意するのも爆撃を受けた滑走路で運用するのも大変な機体を、長いこと防備すら禁止されていたマーシャルやカロリンの線に出す段階で対空母能力の再考や実験は行われなかったのでしょうか。
    陸攻隊が母艦航空隊と共同して艦隊を攻撃する訓練ではなくそもそも内南洋に展開した基地航空隊が敵艦隊を発見できるか、先制攻撃を許しても反撃できるかというものです。あるいは空母部隊の行動能力はいかほどばかりか、それに対抗するために我が方はどのような配置を取るかという目安も得たうえでの決定だったのでしょうか。

    立派な基地が集まっているうえ住民や漁民による警戒も行き届いた本土から小笠原決戦に参加する予定だったならこんなことは考えないのです。
    金星ファン

  13. 先制攻撃を受けないようにするための飛行機が陸攻でもあるんです。この機種の第二の役割は遠距離の索敵哨戒ですから、住民や漁船を頼りにするようでは最初から戦うどころの話ではなくなります。
    そして掩体壕といった発想は基地同士の航空戦が激化してからの話です。
    本来の艦隊決戦構想は基地群に陸攻隊が機動集中して決戦に参加するというもので、掩体でじっと耐えるような作戦は考慮されていません。
    母艦部隊との協同も、攻撃力が小さく脆弱な母艦は陸攻の機動集中までの時間を稼ぎ出すための存在として増強された兵力ですから成り立ちとしては二義的なものです。
    また、陸攻部隊の機動集中訓練は開戦前にかなりの規模で実施されています。

    こうして説明すると「だからマリアナでは母艦と基地との協同が上手く行かなかった」といった話になってしまいますが、それは後知恵というものですね。

    BUN

  14. そうした作戦は、哨戒機が全ての空母部隊を発見し、二日以内に陸攻を集中して攻撃できる確証があれば機能しそうです。史実と違い外南洋に主力を持ってかれなければそれが出来たということでしょうか。
    哨戒力が不足し、敵の空母部隊が島嶼の航空基地を攻撃しては陸攻の集中も我が空母部隊の到着も待たずに退避し、何度も決戦場周辺の飛行場を荒らし尽くしてから侵攻してきた場合はそもそも想定外だった、と。
    陸攻隊がたとえ安全な内地に温存されていても展開先の基地が損傷していては困るだろうけど、そもそも敵の空襲を受ける前に我が陸攻隊が反撃する、と随分調子が良いものです。
    金星ファン

  15. 艦隊決戦を志向する敵空母部隊の艦上機が友軍主力艦隊を前にしても友軍の基地群に向けて航空撃滅戦を仕掛けてくるという戦争後期の米軍戦術は戦前には想定できないものだったことでしょう。
    そして戦争後半の米空母部隊がそうであるように、そしてミッドウェー海戦での日本空母部隊が敵雷撃隊をシャットアウトしたように、空母の大規模集中使用がもたらすものを予め研究ている、という姿も何だか不自然な気がします。
    何にせよ、負け戦の理由は多岐にわたる訳ですが、何もかも判っている現在の視点から批判しても始まらないと思います。
    BUN

  16. >そうなると現実が戦兼爆と遠戦という理想を欠いても基地航空隊を主力としつづけ>た帝国海軍は九九艦爆と零戦で対空母作戦は十分だと思っていたのですね。
    >陸攻で空母を迎え撃つつもりではなかったいうことでよいでしょうか。

    ミッドウェーで雷撃回避を繰り返している間に急降下爆撃を食らった話を持ち出すまでもなく、こういうものは何かひとつを選ぶということではないものです。


  17. 在地撃破されて数が減ったり、そもそも集中が完了する前に空襲を受け5機だとか2機での反撃しか行えない状況はもう緒戦で敵味方に発生していた事態だと思うのですが特に注意を惹かなかった。実際にそういう認識だったから帝国海軍を追及しても仕方ないですね。
    >16陸攻を使って戦果が出る程度の規模の反撃が可能という前提で物を考えていたと。
    金星ファン

  18. そうした致命的な状況は戦争後期まで発生していません。
    ブーゲンビル島沖海戦ですら敵空襲下で組織的な攻撃を実施していますから、先に結論ありきではなく、そのあたりも細かく見て行く必要があります。
    BUN

  19. 昭和17年2月のタロア島の戦いでは艦砲射撃する巡洋艦に対しては陸攻8、戦闘機13を向けています。
    しかしその後雷撃でしか戦果を見込めないと判断したために魚雷のあると思われた基地間を行き来して消耗し、結局まとまった数で空母を攻撃できずに陸攻5機と2機が散発的に低空水平爆撃をし、他に水上機が接触したのみです。
    陸攻主体の基地航空隊の弱点が全て露呈した戦いではないでしょうか。
    あるいは1発の至近を得たことを以て次からは大丈夫と考えたか。
    海軍の感想がどんなものかがよくわからないのです。
    金星ファン

  20. 更にブーゲンビル島沖航空戦は我が方が先んじて集中を果たし、ラバウルの基地群を利用できた戦いなので中部太平洋での迎撃の参考にはならないかと。
    金星ファン

  21. 開戦時の陸攻航空隊の数と定数、そして開戦前の空威研究会報告などを検討なさると良いですよ。
    BUN

  22. >19
    「思惑」「見積もり」についてのご質問だったと思うのですが、そもそもの計画であるとか見積もりであるものと、計画を現実化する途中でやむを得ず実際の戦争をしなければならなくなった状況とをごちゃ混ぜにして考えないようにしなくてはならないところです。
    基地航空隊が敵艦隊攻撃の主力となったのは、17年のことではなく、戦前の時期において「思惑」「見積もり」としてはすでにそうだったのです。そこに前提が置かれなくては、すれ違ってばかり、かみ合わない話ばかりになってしまいます。


  23. 対米戦中には「もう遅い、今更変えられない」というところまで軍備が動いていたのですね。
    金星ファン

  24. 必ずしも制度的なものだけじゃなくて、用兵的にかなり以前から、脆弱な空母はなるべく前面に立てず、基地航空隊を使うという方針になっていました。
    空母の抗湛性は大きくは見積もられていなかったのです。



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