1151 昭和17年に陸軍はLaGGを捕獲しテストしていたようですが、この時入手したであろうShVAKとブレジンには何ら関心も示さなかったのでしょうか。

ポリカレフ

  1. ソ連軍機には詳しく無いのですが、shvakは、もとのベースとなった機銃がよく故障を起こしたそうで、そういった情報を日本は掴んでいて、それで避けたのかもしれません。あと、三式戦の主翼に収まらなかったからでは無いでしょうか。もし収まるなら、喜んで飛びついたと思います。陸軍は一刻も早い20mm機関砲戦闘機を待望していましたから、改造の手間が少ない主翼に積みたかったと思いますよ。機首に積んでも悪くないですが。
    パンジャンドラム

  2. ありがとうございます。
    確かにShVAKはともかくブレジンは比較的優秀な方だと思っておりましたがその頃なら陸軍もホ103やらホ3だのありましたから今更感があったのですかね。
    poli

  3. 意外に思われるかも知れませんが、ソ連は当時の機関銃技術において米英を凌ぎます。ソ連のあの機銃の異様な高性能は、高い加工技術と豊富な量産設備に裏付けされたものだったのでしょう。日本であの様なスペックの機関銃はなじまないかもしれません。銃身の命数は分かりませんが、例えばUBではブローニングM2の29kgより7.5kgも軽量なのに一発の威力はさほど落とさずに発射速度最大1000発に上げているあたり、相当の高技術と背伸びが見て取れます。それよりか、ホ103で手堅く行きたかったのではないでしょうか。それでさえも不調続きでしたし。shvakにしたって、あの高性能ですから、電気式のMG151/20とは別のベクトルで、日本が生産するには厳しかったのかもしれません。
    パンジャンドラム


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