1190 第二次大戦後期の夜間戦闘機の後方武装について。
一般に双発複座の軍用機の場合、後席には後方を射撃する武装があるのが普通だと思うのですが(結局未装備に終わった百式司偵三型にも、一応支持架取付部はありますし)、ドイツのHe219「ウーフー」、日本の月光11型甲には後席に後方武装がありません(試作機段階は除く)。これは夜間戦闘機という性質上、後方よりの脅威を考慮しなくて良いとされたのでしょうか?ただの東西の偶然の一致なのでしょうか?どなたか両機が後方武装を採用しなかった理由についてご存じでしたら、どうか教えてください。
備後ピート

  1. 備後ピート様
    はじめまして、冷泉と申します。浅学菲才の身ですがよろしくお願いします。
    直接の回答になっていなくて申し訳ありませんが、例えばS1A1やP-61は全周旋回する銃座を備えており、生粋の夜間戦闘機でありながら後方武装を持つと考えることもできます。逆にキ-83のように双発複座でありながら後方武装を持たない機体もあります。
    夜間戦闘機であることと後方武装がないことは直接関係するものではないのではないと思いますが、いかがでしょうか。
    冷泉

  2. 後方に向けられた旋回機銃は敵機からの銃撃を妨害するのに有効ですが、其を装備する事による空力や構造への負担は小型機中型機の場合非常に大きいです。
    後方旋回機銃を装備した小型機の例としてSB2C偵察爆撃機の大きく切り欠いた後上部を。
    逆にデ・ハビランドモスキートは爆撃機であるにも係らず後方旋回機銃を諦めることでキャビン後方を胴体に埋められ全体を低抵抗且つ軽量に処理出来ました。
    編隊を組んで水平爆撃を行うときには逃げられない、というのが後方旋回機銃を付けるか外すかの違いになる、というのが一般論ですが…

    にも。

  3. どなたも「月光」の斜め銃について言及されないんですけど、お忘れなんでしょうか?
    He219については知りませんが、斜め銃と旋回銃はひょっとすると構造的に相容れないのでは?
    平山

  4. J1N1-R二式陸偵は、十三試双戦についていた遠隔操作銃塔が失敗したのち、銃塔に替えて写真機を載せ、敵機の攻撃に備え防弾板も取り付けたので、後方機銃を新たに装備する重量的余裕はなかったものと思われます。
    月光は斜銃の銃身が後部キャノピーに接近していて後方機銃を追加するのは明らかに無理ですね。

    He219の場合、計画時にはリモコン式防御機銃を装備するつもりであったのが中止。A-0には後部キャノピーに後方機銃用の支持フレームがついているのですが、結局機銃は実装されることはありませんでした。A-2から支持架も廃止され、なだらかに整形された後部キャノピーになります。少しでも抵抗を減らしたかったのでしょう。
    しかし、後方からの攻撃はやはり脅威だったようで、A-7から後方警戒レーダーが装備されます。

    ちなみに屠龍キ45改丁は上向き砲装備の場合、後方機銃は取り外す筈なのですが、取り付けたままの場合も多いようです。判断基準はよくわかりません。
    超音速

  5. Ju88やBf110夜戦はシュレーゲムジーク装備でも後方機銃は廃止していません。
    後方機銃で敵爆撃機を撃てるというのもありますが、1943年頃から英軍夜間爆撃に護衛として付くモスキートに対して、He219はスピードが速いからいいがJu88やBf110のような遅い機体はどうしても後方機銃を手放せなかったものと思われます。
    超音速

  6. 夜間戦闘機で後方から撃たれるのってどういう状況なのでしょうか?


  7. http://www.warbirds.jp/ansq/11/A2002411.html
    エスコート任務のモスキートから襲撃されるため、後方機銃(というより後方銃手の目)が必要だった、と書いたのですが違ってますか?
    超音速

  8. そういうことですね。
    敵方に「夜間護衛戦闘機」があってはじめて後方機銃が必要になる。
    少なくとも月光はそうしたものへの対抗策の必要性をあまり感じずに、夜間爆撃機への対抗のみを頭に作られたものです。

    日本海軍の夜間戦闘機はいずれ先々には斜銃ではなく、旋回銃塔に向かうことを考えられていたので、後方への射撃も可能となっていったはずなのですが、当初には斜銃以上のものが必要とされていない。


    夜間戦闘機が邀撃すべき敵方の条件が時期に変化することによって必要性も変化していった、というこのがこの件の回答であると思います。



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