1701 キ44が主脚タイヤにカバー付けたり尾輪引き込んだりしているのに同じ設計者のキ43は最後まで実施しなかったのは何故でしょうか?カバーや尾輪など些細な影響だからと言えばそれまでですが…。

  1. 写真などを見て頂ければわかるんですが一式戦のタイヤは下に結構出っ張ってます。カバーはつけられないように見えます。ホイールキャップで抵抗を減らしているつもりかもしれません。

    二式単戦はこちらの過去ログでも話題になりましたが
    http://www.warbirds.sakura.ne.jp/ansqn/logs/A005/A0001460.html
    主翼付け根を前方に張り出してタイヤを収容するスペースを作り出しています。

    あと、車軸を保持するフォークが一式戦はタイヤの内側、二式単戦は外側、つまり引っ込み状態でタイヤの下です。
    前方に向かって狭くなっていく主翼前縁に脚を収容するには、後者の方が有利なのは明らかでしょう。


    超音速

  2. ちょうど良い写真が手持ちにありましたので、画像掲示板に掲載しました。
    主翼前縁下方にかなりはみ出していることがわかると思います。
    超音速

  3. カバーが成立しませんでしたね。前縁下部の出っ張りが想像以上に大きい様に見られますが(正面から捉えた画像で確認するとかなり際立つ)、尾輪よりこっちの方が影響度合いがありそうに思います。


  4. これはそもそも「同じ設計者」じゃないんです。
    キ四十四は空力を糸川英夫技師が担当していて、それが機体の特徴になっています。キ四十三と番号が連番だったり、統轄者が重なっていても「同じ」ではなくて、キ四十三より約一年遅れて設計に入った高速を重視する重戦だから、というのが最大の理由になります。
    BUN


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