1723 零戦の胴体銃は、その後部機関部が操縦席に突出しており、地上(艦上)で半装填、戦闘状態に入る直前にパイロットの手によって全装填するようになっていますが、これはっきり言って前大戦以来の旧態依然とした方式で、零戦と同時期の回転軸の長い(したがってロングノーズの)液冷機はもとより、空冷機である陸軍二式単戦、Fw190Aにも見られないものです。それ以降の雷電、強風の胴体銃も操縦席とは分離されています。例外は陸軍三式戦ぐらいでしょうか?

数々の新機軸を盛り込み、革新敵と言われた零戦、飛燕にしてあえて旧式の機構を採用させたのは胴体銃の自動装填機構の信頼性に何か問題がああったからでしょうか?それとも両者は時系列的にこの方式の最後に位置したに過ぎないのでしょうか?いろいろと考えが巡りますが、今一つピンとくるものがありません。何か考えのヒントになるものでもお示しください。
備後ピート

  1. 二式戦、雷電、強風はほんとうに胴体銃が操縦席と分離されていたり、自動装填なのでしょうか?


  2. 片様。確認しましたところ二式単戦は操縦席で全装填する方式なので、例からは除かせていただきます。雷電11型は資料がなくわかりません。Fw190Aは明確に分離しています。

    半装填、全装填と2段階になっているのは地上(艦上)での誤発射を防ぐためと愚考いたしましたので、地上(艦上)で全装填状態でも誤発射を防ぐ何らかの安全装置のようなものが工夫され、操縦席に胴体銃の機関部を突出させる必要が亡くなったのではと思います。

    自動装填装置は米軍のブローニングM2からの連想でしたが、いささか牽強付会でしたかね?
    備後ピート

  3. 海軍の九六戦、零戦、雷電、強風
    陸軍の一式戦、二式戦、三式戦、四式戦
    これら胴体銃のある日本陸海軍機はすべて、胴体銃に操縦席から手が届く配置になっています。
    機銃の尾部をクリアするようになっている計器板の形状を見れば一目瞭然で、プラモデルでもわかるところです。
    装填不良、排莢不良が起こったとき、排莢を手動で行えるように、ということが大きいはずです。



  4. 片様。「未知の剣」文春文庫:渡辺洋二 によると捕獲したP51を操縦した陸軍の黒江正彦中佐がP51の翼内装備のブローニングM2が装填も、弾詰まりの排莢も、再装填も全部自動(電動)式で驚き、その飛行性能と相まって「俺がこれに乗れば日本陸海軍何百機来ようと怖いものなしだな」と感動する場面がありますが、これによってこれを見ると日本陸海軍は最後まで機銃の給弾機構の自動化に信頼性がおけなかったというところでしょうか?最も、それでも米軍でも弾詰まりは起こり、門数を増やすことで対応したという記述もありますが。

    何かヒントでもという問いに対し、詳しいご回答ありがとうございました。
    備後ピート

  5. 以下、蛇足とは思いますが

    P-51主翼機銃の電動装填はソレノイドアクチュエータという機器を使います。
    ドイツ機の場合、MG151の電磁装填は有名な話。MG17、MGFF、Mk108は圧搾空気式のようです。それぞれ方式を変えることができるのでしょうか。
    日本機は三式戦、四式戦は胴体砲・翼砲ともに電磁弁操作の油圧式となっています。胴体砲は緊急時には手動で装填できるのですかね。20ミリだと大変な気がします。
    紫電の20ミリも油圧式ですね。
    超音速

  6. >紫電の20ミリも油圧式

    それを言うなら零戦も油圧式になってしまいます。
    エリコン系20粍の油圧装填は全て失敗しています。
    BUN

  7. >6
    世傑の紫電の兵装配置図は、主翼20ミリから「装填油圧管」が伸びています。

    いっぽう紫電改のそれには、「20ミリ手動装填」と書かれ、「索誘導管」が操縦席まで伸びています。
    手動装填は油圧のバックアップと解釈していましたが、装填油圧管は撤去されたということでしょうか?
    画像掲示板に操縦席(実物大模型)を載せますが、このあたりのどれかが装填索の把手なのでしょうか。

    キ61初期の主翼7.7ミリは索による手動だったと聞いています。
    超音速

  8. それは資料の上でのことで、実際には油圧装填装置の実用化は失敗していて、
    九九式20粍一号及び二号固定機銃3型の油圧装填装置は使用されていません。
    応急的な索装填方式から地上でのみ実施できる手動装填装置に置き換えられています。
    取説関係を鵜呑みにしてはいけないんですよ。
    BUN

  9. 横から失礼いたします
    手に取れる資料は読み継がれ、手に取れない資料・証言はやがて埋もれ、真実であっても受け継がれません
    せめて記載元やどんな関係者の証言かなどわかれば良いのですが
    ガス欠

  10. 海軍航空機銃について文書記録を調べている人たちには常識的な話です。
    疑うのは勝手ですが、真面目に調べ始めればすぐに行き当たる知識だということです。
    BUN

  11. 歴群シリーズ零戦パーフェクトガイド
    「空気漏洩の多発した発射管制装置改一の欠点を改良すべく発射管制装置改二の開発が急がれた。この新発射装置はフラップ/脚用の油圧装置を使用した油圧装填、電気発射機構だった。しかし開発の遅れから装填方式は五二甲型より手動装填へと移行している。」

    上記の書籍は持っていましたが参照してませんでした。
    そのせいで本題と離れた論争になってしまい責任を感じていますが、

    同じく歴群シリーズ日本海軍機図鑑
    「当初は空気でシリンダーを作動させる方式であったが、当時の技術力では空気の漏れを完全に止めるシール部が製造できず、漏れが時々発生し空中で装填、抜弾ができなくなるという不具合が根絶できなかったため、一号20ミリ固定機銃三型の途中から油圧方式に変更されている(油圧式装填機の試験完了は十七年八月)。」
    という記述になっています。
    後者の本の方が新しいわけですが、一般読者としては当惑する次第です。

    あとはスミソニアンとか南レク公園の紫電改の復元時の詳細な記録とかどこかにあるのかもしれませんが。
    超音速

  12. エリコン機銃の油圧装填化は技術的には必然の流れなんですが、装填に大きな力を必要とするこの機銃の油圧装填装置は一旦、採用されるものの実用にならず、装填装置は取り外されて索装填(装填装置を取り外したので機外からワイヤーで引っ張る応急的な方式)になり、さらに専用装填具を使用して機外から装填する方式に移行します。
    三型機銃は油圧装填用に設計されていますが、実際には油圧装填装置は取り外されているのです。


    BUN

  13. ありがとうございました。

    空中で弾づまりを起こしたらもう発射不能であると。

    南レク公園の紫電改は4挺中3挺が故障していたというのは有名ですね。
    超音速

  14. 七・七ミリ級の機関銃も翼内に装備した場合は油圧なり空気なりで装填できますが、胴体銃を操縦者の手の届く位置に装備するのは装弾不良による不規則な発射が行われた場合、胴体銃の弾丸はプロペラブレードを射貫するリスクがあるからです。十三ミリ級の機関砲は油圧装填が標準になりますが、故障排除が人力でできるような装備法を選ぶことは設計が旧態依然ということではなく、リスクの低減を狙ったもので、ちゃんと理由のある選択です。
    BUN


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