748 連続質問で申し訳ございません。

日本海軍の着艦制止柵は、高さ3メートル、3本のワイヤーからなっており、急速収容の際に、着艦フックをひっかけそこねた着艦機が、前方に駐機している飛行機に突っ込むのを防ぐと聞いております。

同じような目的の米空母のバリヤーは、3フィート程の高さに前後2本つづ何組か、横にワイヤーがはられており、やはり着艦フックをひっかけそこねた着艦機は、主脚をバリヤーにひっかけられて、制止されていました。このバリヤーは、単発レシプロ機にはとても効果が高く、主脚をからめとられて、ひっくり返ってしまった事故機の写真をよく見かけると存じます。しかし、ジェット機や双発機では、タッチダウン時に前脚が折れてしまうと、キャノピーごと、パイロットの首がバリヤーのワイヤーでちょん切られ、大きな問題となりました。

お尋ねしたいのは:
1)帝国海軍空母の3メートルの高さに3本張ってある、着艦制止柵は、着艦フックをひっかけるのに失敗した着艦機に対して、機体のどの部分をひっかけて制止する設計になっていたのでしょうか?

2)また、米艦上機の機体に施された、バリヤーに引っ掛かりやすくするような装置や工夫と同じような装備は、日本の艦上機に追加されていたのでしょうか?

3)主脚が折れなくても、プロペラが着艦制止柵を切ったり、プロペラ(ペラだけで制止できそうもない?)がまがってしまったりしたら、3本の着艦制止柵のワイヤーのどれかで、キャノピーごと、パイロットの首がとぶ心配はなかったのでしょうか?

宜しくお願い申し上げます。
佐久間多聞

  1. 滑走制止柵は上端で甲板からの高さ2800ミリです。
    プロペラがまず当たるはずです。


  2. 片さま、レスありがとうございます。

    尾輪式の単発レシプロの米国艦上機が、フックを引っ掻け損なうと、前後に数十センチ離れて、高さ1m弱に左右に張った二本のワイヤーからなる、何組かのバリヤーが、とてもうまく艦上機の主脚を絡めとって、効果的に停止させていたと聞いております。英国のシーファイヤーなど、陸上機改造艦上機は、主脚のせいで、タッチダウン後に跳び跳ねて、簡単にバリヤーを飛び越えたそうです。

    帝国海軍の空母の滑走制止柵は、後年の艦上ジェット機や双発レシプロ機に使われたバリケードの約半分の高さですので、飛び越えてしまう可能性はかなり少ないと思います。

    しかし、
    1)プロペラを引っ掻けるだけで、単発レシプロ艦上機を完全に止めることができるのか、あまり納得できません。帝国海軍の着艦事故の写真が多く残っていれば別でしょうが、プロペラが曲がるだけで、エンジンより後部の胴体が、制止柵をすり抜けることは、なかったのでしょうか?

    2)米空母のバイヤーはかなり低い位置に張ってありますので、単発レシプロ機には、プロペラで切断されることはないときいています。帝国海軍の滑走制止柵は、たぶん約940mm間隔で3本のワイヤーが張ってあるものだと思いますが、少し斜めになって突っ込むと、プロペラでワイヤーが切断されて、前方に駐機している既着艦機群に、突っ込んでいく事例は、なかったのでしょうか?

    3)どちらかの主脚(もしくは両脚)が引っ込んだり、飛び越えかけたりなど、なにかのはずみで、着艦機が制止柵よりも前方に突っ込むと、キャノピーもろとも、着艦制止柵のワイヤーで、搭乗員の頭部に重大な損傷を与えることはなかったのでしょうか?

    4)プロペラに着艦制止柵を引っ掻けやすくする装置を付け加えるのは不可能だと思いますが、米海軍機のように、バリヤーが主脚を引っ掻けやすくするバリヤー・スクープや、胴体下面のバリヤー・ピックアップや、キャノピーもろとも首がちょん切られないように防ぐ、風防前方のバリヤー・ガードに相当する装置などが、日本の艦上機には、なにか装備されていたのでしょうか。もちろん、着艦フック以外にです。

    5)米国海軍の単発レシプロ艦上機は、着艦フックとアレスティング・ワイヤーに加えて、約3フィートの高さに少し離して2本のワイヤーを横に張った何組かのバリヤーを、アングル土・デッキが実用化されるまで、使用し続けました。もちろん、帝国海軍の着艦制止柵の利点や欠点をすべて把握した上で、大戦中の着艦システムを、護衛空母でも変えませんでした(英国はくるくると変えていたようです)。戦前から、帝国海軍には、米英の海軍航空に精通していた高級将校が何人かおられたと思います。彼らは、日本の海軍航空のシステムがベストと考えておられたのでしょうか?それとも、搭乗員の抜群に高い技量をもってすれば、そんな些細なことは、無視できると思われていたのでしょうか?

    英米の海軍航空は、ほぼ同じシステムに集約していったのに、帝国海軍は、終戦まで、独自のシステムに固守した、分かりやすい理由を教えていただければ、幸いに存じます。

    佐久間多聞

  3. >帝国海軍は、終戦まで、独自のシステムに固守した、
    どうなんでしょう? 改善の必要が大きいシステムだったのでしょうか。
    私は専門家では無いので、あくまで個人的な感想を述べさせていただきます。

    先ず、機体の不具合や搭乗員の負傷等で、着艦に不安のある機体は、無線なり発光信号なりで母艦と連絡を取り合い、大事を取って海上不時着になります。

    ある程度の経験が有れば、誘導灯を見てパスに乗り着艦するのは、それほど大変なことではないと思います。(それはそれで大変な作業でしょうけど、)慣れれば速度感覚的には車の運転と大差ないと思います。

    搭乗員の手記には、フックを降ろし忘れた九六艦戦が飛行甲板上に普通に停止したり、
    ハワイ帰り九九艦爆がフックを下げ忘れて着艦して慌ててブレーキを踏んで前のめりになってプロペラが甲板を叩いて止まって事例があります。

    着艦操作時にフレアをかけてパワーをアイドルにしますので、アイドル状態の弱いプロペラ馬力でバリアを切ることは出来ないのでは無いでしょうか。(切れてしまう設計では、張替えの段取りも考慮しないといけないでしょうし。)

    着艦時の気速を60ノットと仮定し母艦が30ノットと仮定すると、正味30ノットです。時速で55キロ程度です。車なら普通にブレーキングできるはなしです。

    台風くらいの強い向かい風の中をノーブレーキではどの程度進み、上手くブレーキングすればどの程度で止まるのかも知りたいところです。

    ちょん太

  4. ちょん太さま、レスをいただき、有難うございました。

    1)米軍では、空母へ帰投中の列機による被弾のダメージ・チェックに加えて、LSOが、フラップや脚やフックがちゃんと下りていることを確認できなければ、無条件にウェーブオフさせられます。もちろん米海軍にも、戦後かなりたってからも、フックが下りていないことを、LSOもパイロットもエアボスも気づかずに、バリケードに突っ込んだ事例はありました。ちょん太さんによると、単座機がフックの下ろし忘れた場合に、誰が、どうやって見つけて、パイロットに教えていたのでしょうか?最終ターンが終わる前に発見しても、発光信号で伝えるヒマがあったのでしょうか?無線電話だけに頼っていたのでしょうか?

    2)現在のアングルド・デッキへの着艦ですと、着艦誘導灯や標識が示すグライド・パスにのったまま、スロットルを絞らずにタッチダウンすれば、完璧な着陸ができます。しかし、ストレート・デッキでの最大の恐怖は(1)低すぎて空母の艦尾に激突するランプ・ストライクと(2)高すぎて、着艦フックが引っ掛からないばかりか、滑走制止柵を飛び越えたり、跳ねとんだり、突き抜けることの、二つでしょう。

    ストレート・デッキの空母で、それらを防ぐ一番よい方法は、機体が艦尾を越えたら、スロットルを一杯に絞ることのようです。単座機で興奮しっぱなしのパイロット以外に、艦尾を越えた(艦尾がかわった)と、冷静に指示してくれる偵察員がいなければ、スロットを絞らずに、一定のグライド・パス(パイロットは高度も完璧だと信じきっているはず)のままでタッチダウンしてしまい、ランプ・ストライクを起こさなければ、滑走制止柵を突き抜けるのではと危惧しております。

    偵察員がいない単座機にたいして、だれが、いつ、どのような手段でスロットルを絞る指示をしているのか、気になって仕方がありません。

    3)米海軍と帝国海軍では、バリヤーと滑走制止柵のワイヤーの強度は存じませんが、ネットを含め、米英海軍機の着艦事故では、うまくいって、二本のバリヤー・ケーブルに両脚を絡めとられて逆立ちし、簡単な修理で、また飛んでいたようです。しかし、写真によれば、片方の主脚がちぎれている事故も数多いようです。また、バリヤー・ケーブルに鋭角にプロペラが当たると、簡単に切断されてしまうようです。米英の着艦事故の記録では、片脚が辛うじて絡めとられて停止していても、反対の脚がもげて、切れてささくれたワイヤーに包まれている写真をよく見ます。

    F7Fタイガーキャットに空母運用許可がでなかったのは、前脚(バリヤーで簡単に折れる)と、ワイヤーと角度のついたプロペラでのバリヤーの切断が、一番問題だっそうです。

    同じような問題は、帝国海軍では起こらなかったのでしょうか?日本の空母だけが、風見の蒸気や、避風板(柵?)を実用化して活用した理由ともども、いつも気になっております。3メートルもの高さの滑走制止柵は、どこを引っ掻けて止める設計だったのでしょうか?もしも帝国海軍の滑走制止柵のほうが、英米のバリヤーよりも優れていたのなら、なぜ冷戦に備えて、装備しなかったのでしょうか?

    同じような疑問が、遮風板にもがわいてきます。

    なお、私が「着艦制止柵」と書いたのは「滑走制止柵」の誤りです。読み替えていただければ幸いです。

    佐久間多聞

  5. ちょん太さま、レスをいただき、有難うございました。

    1)米軍では、空母へ帰投中の列機による被弾のダメージ・チェックに加えて、LSOが、フラップや脚やフックがちゃんと下りていることを確認できなければ、無条件にウェーブオフさせられます。もちろん米海軍にも、戦後かなりたってからも、フックが下りていないことを、LSOもパイロットもエアボスも気づかずに、バリケードに突っ込んだ事例はありました。ちょん太さんによると、単座機がフックの下ろし忘れた場合に、誰が、どうやって見つけて、パイロットに教えていたのでしょうか?最終ターンが終わる前に発見しても、発光信号で伝えるヒマがあったのでしょうか?無線電話だけに頼っていたのでしょうか?

    2)現在のアングルド・デッキへの着艦ですと、着艦誘導灯や標識が示すグライド・パスにのったまま、スロットルを絞らずにタッチダウンすれば、完璧な着陸ができます。しかし、ストレート・デッキでの最大の恐怖は(1)低すぎて空母の艦尾に激突するランプ・ストライクと(2)高すぎて、着艦フックが引っ掛からないばかりか、滑走制止柵を飛び越えたり、跳ねとんだり、突き抜けることの、二つでしょう。

    ストレート・デッキの空母で、それらを防ぐ一番よい方法は、機体が艦尾を越えたら、スロットルを一杯に絞ることのようです。単座機で興奮しっぱなしのパイロット以外に、艦尾を越えた(艦尾がかわった)と、冷静に指示してくれる偵察員がいなければ、スロットを絞らずに、一定のグライド・パス(パイロットは高度も完璧だと信じきっているはず)のままでタッチダウンしてしまい、ランプ・ストライクを起こさなければ、滑走制止柵を突き抜けるのではと危惧しております。

    偵察員がいない単座機では、だれが、いつ、どのような手段でスロットルを絞る指示をしているのか、気になって仕方がありません。

    3)米海軍と帝国海軍では、バリヤーと滑走制止柵のワイヤーの強度は存じませんが、ネットを含め、米英海軍機の着艦事故では、うまくいって、二本のバリヤー・ケーブルに両脚を絡めとられて逆立ちし、簡単な修理で、また飛んでいたようです。しかし、写真によれば、片方の主脚がちぎれている事故も数多いようです。また、バリヤー・ケーブルに鋭角にプロペラが当たると、簡単に切断されてしまうようです。米英の着艦事故の記録では、片脚が辛うじて絡めとられて停止していても、反対の脚がもげて、切れてささくれたワイヤーに包まれている写真をよく見ます。

    F7Fタイガーキャットに空母運用許可がでなかったのは、前脚(バリヤーで簡単に折れる)と、ワイヤーと角度のついたプロペラでのバリヤーの切断が、一番問題だっそうです。

    同じような問題は、帝国海軍では起こらなかったのでしょうか?日本の空母だけが、風見の蒸気や、避風板(柵?)を実用化して活用した理由ともども、いつも気になっております。3メートルもの高さの滑走制止柵は、どこを引っ掻けて止める設計だったのでしょうか?もしも帝国海軍の滑走制止柵のほうが、英米のバリヤーよりも優れていたのなら、なぜ冷戦に備えて、装備しなかったのでしょうか?

    同じような疑問が、遮風板にもがわいてきます。

    なお、私が「着艦制止柵」と書いたのは「滑走制止柵」の誤りです。読み替えていただければ幸いです。

    佐久間多聞

  6. すでに回答のついている事柄について同じ質問を返すのはいかがなものかと思います。

    着艦の要領については、「空母零戦隊」文春文庫p109〜114をお読みください。教範のようなものがあれば宜しいですが、今のところ出てきていませんので、これが一番分かりやすいと思います。
    なお、「パイロットが興奮しっぱなし」なのかどうか、いくつか手記をよめばわかると思います。
    ・・・なんのために訓練があるのでしょう?
    とおり

  7. 熱心に思索をめぐらされてるんですね。

    1)
    >ちょん太さんによると、単座機がフックの下ろし忘れた場合に、誰が、どうやって見つけて、パイロットに教えていたのでしょうか?
    出来なかったから、「3.」で示した事例が発生したのでしょうね。

    2)
    >偵察員がいない単座機にたいして、だれが、いつ、どのような手段でスロットルを絞る指示をしているのか、気になって仕方がありません。
    フレアをかける時に(機体を引き起こす時に)操縦員が自分の判断でスロットルを絞ります。車の運転でブレーキをかけるときにアクセルをオフにするようなものです。車では左足でブレーキを踏まない限り必然的にそうなりますが。着艦時の操縦員も反射的にスロットルを絞ると思います。

    3)
    >英米のバリヤーよりも優れていたのなら、なぜ冷戦に備えて、装備しなかったのでしょうか?
    「英米のバリヤーよりも優れていた」との判断が間違いなのではないでしょうか。重くて速いF7Fに「米のバリヤー」は対応できなかったということだと思います。
    軽くて遅い当時の帝国海軍の運用機では、当時のシステムでよかったのではないでしょうか。

    ちょん太

  8. 先の、二重投稿をお詫び申し上げます

    とおりさん、貴重なアドバイス有難うございました。早速読んでみます。

    前説です:米海軍のパイロットにとって、任務での戦闘飛行はもちろんですが、着艦時にも、LSOの指示に振り回された挙げ句、目の前に迫り来る、たった1m弱の高さのバリヤーの向かっての、完全に停止するまでの着艦滑走は、何度経験しても、とても恐ろしかった聞いています。その後のLSOのボロクソの批判も加わり、任務を終えたアドレナリン出まくりのパイロットから、デブリーフィングがとても困難だったらしいです。つまり戦記もののように、AAAがバ〜と空一杯とか、ズラーと敵の大群がとかの表現で、正確な敵の位置や人数や車輌数やAAAの種類や数などを聞きだすのが、大変だったそうです。

    まだ結論が出ていないと思う疑問点を、挙げさしていただきます。既に結論が出ていれば、ご容赦下さい。
    日本の艦上機は、米軍のバリヤーの3倍の高さの滑走制止柵に向かって着艦していくそうですが:
    (1)タッチダウン時のパイロットの視線より、遥かに高い滑走制止柵に対する恐怖は、訓練のみで克服したのですか?
    (2)LSOだけを見て、音声を含めた指示で着艦する米海軍機と異なり、単座機の着艦では、着艦指導灯や着艦指導標識を睨みながら、艦尾を越えたのを確認すると同時に、その高度を確認して、スロットルを絞って着艦しているのだと、理解しております。これだけ忙しいパイロットに、のんびり発光信号を読むヒマはなさそうです。母艦からの単座機への着陸復行の指示は、最終限度は、どの時点ででるのでしょうか。滑走制止柵がバリヤーよりも3倍高いなら、かなり早めに指示していたのでしょうか。母艦からの指示を見損なって、事故を起こしたパイロットは、いなかったのでしょうか?
    (3)艦尾に激突してしまうランプストライクは、世界中の艦上機パイロットの悪夢だそうですが、偵察員のいない単座機では、速度計と着艦指導灯に集中しているパイロットには、同様に着艦やり直しを母艦から指示するのでしょうか?滑走制止柵を飛び越えるよりも、もっと切迫した状況ではと、想像しています。
    (4)しつこいと叱られそうですが、滑走制止柵がプロペラを引っ掻けて航空機を止めるとは、どうしても信じられません。米海軍機の事故写真には、バリヤーでプロペラが飛んだりへしまがっても、主脚が片側取れても、主脚で止めている写真が珍しくないようです。もし、滑走制止柵に当たったプロペラが、ワイヤーをきったり、プロペラが飛んだり、プロペラが全部後ろに曲がったら、滑走制止柵は、機体のどこを引っ掻けて止める設計になっていたのでしょうか?

    佐久間多聞

  9. 赤旗(夜間なら赤灯)は艦橋付近のほか艦尾にもいる、ということはすでにお話したつもりです。
    着艦指導灯が見えているなら、赤旗(赤灯)も見えており、これは信号などではなく、ただ振ることで着艦を中止させることができます。「のんびり発光信号を読む」のではありません。


  10. ↑「片」でした。

    艦上機の着艦姿勢、飛行甲板に向けて降下する角度、その際の残速など、日米をダイレクトに比較するには条件が違っている部分も多々ありますので、考えに加えてみてはいかがでしょうか。


  11. 軍も組織ですので、責任の所在は明確になっていたと思います。どこまでが母艦側の責任でどこからが飛行機側の責任かが明確になっていたと思います。お互い昇進とか俸給に直結することですから。

    「着艦よろし」の信号を母艦が出したら、着艦に関しては全て飛行機側の責任になると思います。基本的に着艦のやり直しを母艦から指示することは無いと思います。フックを下げ忘れた着艦はその証左です。
    「着艦よろし」はダウンウィンドで艦橋を過ぎるまでに出ると思います。

    1)
    「滑走制止柵に対する恐怖」は、旧日本海軍の搭乗員がどこかに述べてらっしゃったんでしょうか? 佐久間多聞さんの単なるお考えなのでしょうか?

    普通に考えれば空中から甲板にタッチダウンするのが最も怖いはずです。軽くて遅い日本の当時の艦載機では、ある程度の技量があれば、無事にタッチダウンできれば、命は助かったとの刹那の喜びがよぎるはずです。自分の視線より高かろうが低かろうが、バリアーはクラッシャを防いでくれる更なる安全網というイメージじゃなかったでしょうか。実際、フックを下げ忘れても、バリアーにお世話になることなく済んだ事例は3)のように有りますし。

    2)
    「これだけ忙しいパイロット」というのも、佐久間多聞さんの単なるご想像ですよね。車の運転も、最初は、ブレーキはここで、アクセルはここで、シフトレバーの何速がここでと、大変そうに思いましたが、慣れればなんてことは無かったですよね。

    >母艦からの単座機への着陸復行の指示は、最終限度は、どの時点ででるのでしょうか。滑走制止柵がバリヤーよりも3倍高いなら、かなり早めに指示していたのでしょうか。母艦からの指示を見損なって、事故を起こしたパイロットは、いなかったのでしょうか?

    基本的に、母艦側の不都合が生じない限り「着陸復行の指示」は無いと思います。
    「着艦よろし」が出たら後は全てパイロット側の責任になると思います。母艦搭乗員で脚を出し忘れるようなことは無いと思います。万一の場合は、ベースでも、ファイナルでも視認出来次第、片さんがおっしゃっている赤旗(赤灯)の出番になると思います。
    タッチダウン後の「着陸復行」は危険すぎて有り得ないと思います。

    3)
    何百何千時間の飛行時間を経験しているパイロットの着艦作業に対するイメージは、我々素人の想像と大きく乖離しているとおもいます。

    4)
    10)で述べられているとおりだと思います。
    佐久間多聞さんの単なるお考えのように感じます。
    「滑走制止柵に当たったプロペラが、ワイヤーをきったり、プロペラが飛んだり、プロペラが全部後ろに曲がった」
    ような事例が日本にあったのでしょうか? 大きな事故ですので、搭乗員の手記などから漏れ聞こえてきそうにおもうのですが。。。

    ちょん太

  12. 多くの方のご親切な解説をいただき、誠にありがとうございました。

    私は、決して米海軍に対する日本海軍の欠点をあげつらうつもりで、投稿しているのではありません。米海軍の将校たちは、「いくら中国などが空母を建造しようが、我々が百年近くかかって、文字通り血と汗と命で培ってきた、海軍航空のノウハウは、船と航空機だけ作っただけでは、とても真似すらできない」と、相手にしておりません。日本帝国海軍は、それまでの航空王国だったドイツやフランスなどを差し置き、海軍航空を実戦化したばかりではなく、世界最初の戦果を数多くあげております。

    しかしながら、帝国海軍の空母の集中運用による機動部隊によって戦果をあげるまでには、想像すらできないご苦労が山積みだったことは、間違いないでしょう。残念ながら、日本海軍の空母における、発着艦時の事故の写真や、詳細な解説は、米海軍の事例ほど多く目にする機会がないため(例えば滑走制止柵に引っ掛かって大事故が防止できた事例など)、米国海軍で生じた事故と同じような事例に対して、日本海軍ではどどのような対応策をとっていたのかを、比較して、検討しようとしていただけです。

    こちらにも、執筆者がおられるかもしれませんが、もうすぐ「アメリカの航空母艦: 日本空母とアメリカ空母:その技術的差異」が出版されます。それをよんでから、疑問が生じれば、また質問させていただきます。

    すこしだけ:米海軍のパイロットは、ミラー・ランディング装置が採用されると、速度計を確認するヒマがなくなりました。そこで、速度計の値を風防に投射して、ミラーに注目できるようになり、事故が減少したそうです。日本の単座機は、着艦指導標を注目しながら、速度にも注意して、艦尾を越えたことの確認と、その際の高度を確認しなければならない上に、いつ艦橋や艦尾から発せられるかもしれない「着艦中止」の赤旗(赤灯)にも常に注意し続けなければならなかったのなら、神業どころではなさそうです。例えば、偵察員のいる複座機と単座機とでは、事故率に差はなかったのか、とても気になります。

    米空母のバリヤーは、主脚を
    佐久間多聞

  13. 多くの方のご親切な解説をいただき、誠にありがとうございました。

    私は、決して米海軍に対する日本海軍の欠点をあげつらうつもりで、投稿しているのではありません。米海軍の将校たちは、「いくら中国などが空母を建造しようが、我々が百年近くかかって、文字通り血と汗と命で培ってきた、海軍航空のノウハウは、船と航空機だけ作っただけでは、とても真似すらできない」と、相手にしておりません。日本帝国海軍は、それまでの航空王国だったドイツやフランスなどを差し置き、海軍航空を実戦化したばかりではなく、世界最初の戦果を数多くあげております。

    しかしながら、帝国海軍の空母の集中運用による機動部隊によって戦果をあげるまでには、想像すらできないご苦労が山積みだったことは、間違いないでしょう。残念ながら、日本海軍の空母における、発着艦時の事故の写真や、詳細な解説は、米海軍の事例ほど多く目にする機会がないため(例えば滑走制止柵に引っ掛かって大事故が防止できた事例など)、米国海軍で生じた事故と同じような事例に対して、日本海軍ではどどのような対応策をとっていたのかを、比較して、検討しようとしていただけです。

    こちらにも、執筆者がおられるかもしれませんが、もうすぐ「アメリカの航空母艦: 日本空母とアメリカ空母:その技術的差異」が出版されます。それをよんでから、疑問が生じれば、また質問させていただきます。

    すこしだけ:米海軍のパイロットは、ミラー・ランディング装置が採用されると、速度計を確認するヒマがなくなりました。そこで、速度計の値を風防に投射して、ミラーに注目できるようになり、事故が減少したそうです。日本の単座機は、着艦指導標を注目しながら、速度にも注意して、艦尾を越えたことの確認と、その際の高度を確認しなければならない上に、いつ艦橋や艦尾から発せられるかもしれない「着艦中止」の赤旗(赤灯)にも常に注意し続けなければならなかったのなら、神業どころではなさそうです。例えば、偵察員のいる複座機と単座機とでは、事故率に差はなかったのか、とても気になります。

    米空母の2本づつ並んだバリヤーは、主脚を絡めとって、着艦機を停止させるものです。前脚式のジェット機やF7FやS2Fでは、バリヤーが前脚やキャノピー
    佐久間多聞

  14. 多くの方から、詳しご解説をいただき、誠に有り難うございました。

    私は、決して米海軍空母と日本海軍空母を比較して、日本海軍の空母運用を卑下するつもりで投稿しているのではありません。最近、米海軍の将校が「中国がいくら船や飛行機を造ったところで、我々が百年近く、文字通り血と汗と命で培ってきた海軍航空を、簡単に真似などできるものではない」と、相手にしていないと聞いております。

    しかし、終戦前の日本海軍は、それまでの航空機先進国だったドイツやフランスなどを差し置いて、強大な空母集中運用が可能な機動部隊を造り上げたばかりか、歴史上始めてと言われている数多くの海戦での戦果をあげております。米海軍の試行錯誤や空母での事故の詳細について、画像や動画まで、詳しく好評されていますが、日本の海軍航空の試行錯誤の跡が、具体的な映像などで目にすることがほとんどなく、先人の努力が消えてしまわないかと危惧しております。

    たとえば、米海軍で、ミラー・ランディング装置が搭載された際には、パイロットが速度計を確認するヒマがなくなってしまい、フレネルレンズ導入までは、風防に速度を投射していました。単座の日本機は、艦橋または艦尾の「着艦よろし」を確認した後、速度計に注意しながら、着陸指導標(灯)からずっと目をそらさないまま、艦尾を越えたことを、その際の高度と共に確認しつつ、常に艦橋や艦尾から発せられる着陸復航の赤旗(灯火)にも注意していなければならないなんて、LSOの声と姿だけ見ていればよい米海軍のパイロットと比べて、神業ではすまないように感じます。戦闘後にも,楽勝でできたのでしょうか?

    また、日本海軍の艦上機では、偵察員のいる複座機と、単座機とでは、着艦事故率には、差異はなかったのでしょうか?
    佐久間多聞

  15. 3度も途中でアップしてしまい、申し訳ございませんでした。asahi-net.or.jpで、
    途中で3度フリーズしてしまい、このようなザマになってしまいました。再起動して
    確認した時には、アップされていなかったので、繰り返してしまいました。

    遅くなりましたが、とりあえず、ちょん太さまへのお返事です。

    1) 私も日本のパイロットが滑走制止索に恐怖を覚えたとの記述には、お目にかかった
    ことはありません。しかし、米海軍のパイロットにとっては、着艦時に少し高めで速や
    めだと、目前に迫るバリヤーまでに止まるかどうか、とても怖がっていたようです。
    映画「トコリの橋」では、艦首側のワイヤーを引っかけたため、バリヤー直前でやっ
    と止まったシーンや、故障のため、ティリーを利用して着艦したシーンなどで、アカ
    デミー賞特殊効果賞を受賞しています。

    米海軍のパイロットからは、3フィート程度のバリヤーに突っ込んでいくのに、怖
    かったとの記述が沢山のこっているのに、その何倍もの高さがあり、下手をすると首
    にかかってしまうかもしれない、滑走制止索に向かって突っ込んでいった日本海軍の搭乗
    員は、よほど熟練していたのか、またはよほど肝がすわっていたのでしょうか。


    2)1)
    >>ちょん太さんによると、単座機がフックの下ろし忘れた場合に、誰が、どうやっ
    て見つけて、パイロットに教えていたのでしょうか?
    >出来なかったから、「3.」で示した事例が発生したのでしょうね。
    米軍の着艦事故は、フックが下がってなくても、下がっていて引っかけ損ねても、規
    模も対処法も全く同じです。米海軍空母の着艦事故の動画や写真は、ネットでも沢山
    アップされていますが、CLEARTHE DECK!などという、それだけ集めた写真集まで出版
    されています。


    3)
    >>英米のバリヤーよりも優れていたのなら、なぜ冷戦に備えて、装備しなかったの
    でしょうか?
    >「英米のバリヤーよりも優れていた」との判断が間違いなのではないでしょうか。
    重くて速いF7Fに「米のバリヤー」は対応できなかったということだと思います。
    軽くて遅い当時の帝国海軍の運用機では、当時のシステムでよかったのではないで
    しょうか

    私の言葉が足りなかったのですが、当初はF7FにS2Fと同じく、空母での運用の許可が
    下りなかったのは、バリヤーの強度ではありません。理由は2つで、一つは双発機特有
    の問題で、片発停止状態でヨーをコントロールできる最低速度が、設計時の着艦速度
    (失速の一歩手前)よりも、遥かに高速だったからです。着艦時の片発停止のヨーコ
    ントロールは、今でも重要な問題で、女性初のF-14パイロットKara Spears
    Hultgreen大尉が、高度を下げようと横滑りをしてエンジンストールを起こし、反対
    型のエンジンにアフターバーナーをかけて、さらにヨーが崩れて墜落しました。
    Youtubeにも、事故の模様がアップされています。片発停止によるヨーの変化をでき
    るだけ少なくするために、XF5Fスカイロケットのような形が出来上がったのです。

    二つ目は、レシプロ双発艦上機では、前脚式ですので、従来のバリヤーだと、前脚で
    ひっぱられて、ケーブルに深い角度であたりますので、簡単に切れてしまいます。ま
    た、主脚よりはるかに脆弱な前脚は、主脚よりも簡単に擱座してしまいますので、3
    フィートの高さのバリヤーが胴体の上に来てしまい、キャノピーをパイロットのクビ
    ごとちょん切ることになります。

    二つ目の問題は、前脚式のジェット機にもあてはまりますので、単発レシプロ機と
    ジェット機を混載したストレート・デッキの空母には、単発レシプロ機用のバリヤー
    と、ジェット機用のデイビス・バリヤーとバリケードを、二種類装備していました。


    4)
    >10)で述べられているとおりだと思います。
    佐久間多聞さんの単なるお考えのように感じます。
    「滑走制止柵に当たったプロペラが、ワイヤーをきったり、プロペラが飛んだり、プ
    ロペラが全部後ろに曲がった」
    ような事例が日本にあったのでしょうか? 大きな事故ですので、搭乗員の手記など
    から漏れ聞こえてきそうにおもうのですが。

    米軍の2本ずつペアになったバリヤー・ワイヤーが、設計通りに主脚をからめとっ
    て、フックを掛け損なった艦上機を制止した写真や動画は、とても沢山公表されてい
    ます。しかし、プロペラが曲がったり、外れたりしているのは、まだマシな方で、片
    側の主脚もすっ飛んでしまって、残りの片側の主脚をからめとることで、やっと制止
    できた写真も多くみられます。たぶん、1本のワイヤーをエンジンにかけるだけで
    は、上下に滑ってしまうので、少し離した低い位置の2本のワイヤーを、主脚に絡ま
    せて、制止さたのでしょう。バリアーがいかに着艦機を制止させるのに効果があった
    のかは、ネットにも氾濫している、まがったプロペラと主脚に絡まったワイヤーの写
    真で、よくわかると存じます。キャノピーにはもちろん、燃料タンクにも、極力被害
    がでないように、工夫されていました。

    運が悪いと(スピードが出過ぎていたり、主脚の下の方にバリヤーが絡まったり)、
    逆立ちしたり、上下さかさまにすらなりますが、そんなのは、事故のリストにも載っ
    ていません。もちろん、プロペラはよれよれです。

    対して、日本海軍が実用化していた、滑走制止索は、2800ミリの高さまで、3本のワ
    イヤーが張ってあると伺いました。そこに、着艦フックを掛け損なった着艦機が突っ
    込んでくるのですが、たぶん、ジャンプもすることでしょう(シーファイヤーは着艦
    時のジャンプで評判が悪かった)。米海軍の着艦時のバリヤーの写真を見る限り、プ
    ロペラにワイヤをからめても、運よく切断されなくても、プロペラにかかったワイ
    ヤーのストッピング・パワーだけでは、着艦機を制止できたのか、とても疑問にお
    もっております。

    本来なら、そのような写真を見せていただくと、とても納得がいくのですが、米海軍
    では、主脚のような頑丈な部位がワイヤーをからめても、片方の主脚が引きちぎられ
    てしまって、残りの主脚1本でかろうじて制止された着艦機の写真が沢山あります。

    また、3本のうちの他のワイヤーで制止されたとしても、残りの高い位置に張られた
    別のワイヤーで、キャノピーなど、脆弱な部位に、何か問題は、起こさなかったので
    しょうか?米海軍搭乗員は、着艦時に前脚が折れてしまうと、30フィートの低い高さ
    に張られたワイヤーを、機体がくぐってしまうことになり、キャノピーごと、自分の
    首がちょん切られるのを、怖れていたそうです。
    佐久間多聞

  16. 上、30フィートの低い高さ:3フィートの低い高さ
    のマチガイでした。何度も何度も、ごめんなさい。
    佐久間多聞

  17. アメリカ軍の手記をあまり(というか殆ど)読んでいないのですが、あげておられる着艦事故、バリケードに突っ込みそうになったとかは、どういうシチュエーションでそんなに起こっているのでしょう。それを日本人の手記と比べてみると違いがわかるかもしれません。

    さて、以下は一般論で、あまりご納得しないかと思いますが、一応四点ほど書いてみます。

    1.陸上ですら事故は必ずおこるので、着艦事故もそれなりに起こっているはずです。それは搭乗員その他いろいろな人が書いています。
    なお、未見ですが日本海軍航空史編纂委員会「海軍航空史(1)」時事通信社をチェックしてみてください。(もしかすると数字がでているかも程度ですが)
    2.着艦の難易度は、着陸速度が速いほど、機体が重いほど、機体が大きいほど、上がると推測されます。また低速時の操縦性が良いかどうかもかかわってくるでしょう。従ってアメリカ機の方が危険性は高い。主観的には雷電で着艦するようなシチュエーションを想像してみると良いですね。
    3.着艦の操縦で困難な点は、第四旋回を終わったところで、空母との距離が適正か(上で私が挙げた手記では800m)、そのときの高度と速度は適正かという点と、なんといっても適正な速度と角度で降下できるかどうかでしょう。特に後者において着艦誘導灯というサポートがあるのとないのとでは難易度に大きな差があるはずです。
    4.バリケードに突っ込む可能性が殆どないのは、上記3でちょん太さんが挙げられている理由が殆どでしょう。逆にそれが起こるとすると、フラップが飛んじゃったとかの機体の故障または損傷、搭乗員自身の心身の問題、その他不測の事態が原因ということになり、むしろそちらの方が心配の種ということになります(バリケードに突っ込む恐怖をいだいているのかどうか云々ではなく)。

    とおり

  18. 興奮云々について、書かないでいたことを二点ほど書いてみます。

    1.アメリカのパイロットが「興奮しっぱなし」?というのはあけっぴろげで陽気な国柄・人柄に加えて、「無線電話でべらべら興奮した話をお互いにぶちまける」場があるという要素が大きかったのではないかと愚考します。彼らの無線でのおしゃべりは管制上も問題になっていましたよね。
    一方、幸か不幸か日本機はそのような環境ではなかった。従って、孤独な環境に置かれた日本の搭乗員達は、最も難しい着艦操作に移る前になれば誰しも冷静にならざるを得なかった、と。

    2.制裁を主体とする「しつけ」みたいな要素も大きいかと思います。戦時では多少大目に見られるようですが、平時や訓練時などに先輩の前でうわついた態度でいたり、興奮してべらべらしゃべったりしていたら、それこそ歩けなくなるまで棒で叩かれてしまう事があるんじゃないでしょうか。従って、おのずと搭乗員のふるまいとか態度、メンタリティは「興奮しっぱなし」などという状況とは別な方向へ収斂していったのではないかなと思っております。
    (無論初陣で興奮して深追いしてしまったとかの事例は多々存じておりますが→やはり制裁を受けている事もありますね)

    とおり


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