258 なんで日本海軍はボフォース40ミリ機銃を採用しなかったのでしょうか
1930年代には完成されてたはずですが

  1. 海軍については、早期に一部艦艇に40mm機関砲(ヴィッカース製?)が装備されていましたが、成績があまり良くなかったらしいことや、
    この口径の砲で『何にどう対処するのか』を考えれば、用兵側から推測できるでしょう。
    (対空砲としては、25mm/13mmホチキス系機銃が多用されていますね)

    ボフォース40mm機関銃(陸軍では機関砲)は陸海軍とも優秀砲と認識しており、対空兵器の充実が切実に必要となって以降、
    兵器共用の一貫として当該機銃陸軍はシンガポールでの鹵獲品を基に複製試作(砲架は国産)しましたが、昭和18年に試験に失敗しています。
    海軍は昭和19年に試験に成功し、本土決戦用の海防艇に搭載(数は不明)。陸軍もこれを五式40mm対空機関砲としていますが、終戦までに6門を製造したに留まっています。
    陸軍の事情としては、独逸のラインメタル系一式37mm(Flah18)を苦心して昭和17年になんとか試験成功させていた経緯がありますが、結局は複雑精緻な欧州の中口径機関砲の複製すら困難だった、ということでしょう。
    TOSHI!!

  2. 1930年代とは昭和10年前後でしょうか、その当時の日本の陸・海軍とも
    中途半端な口径40ミリクラス機関砲の用途をはっきり見い出せておらず、
    列強各国の開発・採用状況を観察しています。
    (ボフォース他、各国40ミリクラス機関砲の情報や詳細なデータも
    それなりに収集されております。)

    さて、手元にある昭和16年(太平洋戦 開戦直前)に書かれた
    或る兵器解説書より抜粋。著者は 砲科将校

    ・高射機銃・高射砲の章にて・・・・・
    『37〜40粍砲は採用当時は中途半端であるとして余り歓迎されなかったが、
     昨今は敵機の骨組も頑丈になり、速度も増加したため漸次愛用されるに至った。
     急降下爆撃を恐れる軍艦では特にこれを有効視し、現に最近に建造された
     イギリス軍艦 King George 5世号の如きは、40粍砲32門を備えている。』

    日本の陸・海軍がその適材適所に気が付く頃、太平洋戦に突入したわけです。

    後年、米海軍は自艦に向かって突っ込んで来るカミカゼ攻撃に対しこの事を痛感し
    40ミリ連装ボフォースを多数搭載するようになったのは周知でありますし、
    歴史は繰り返すと言いますが、現代においても自艦に向かって突っ込んで来る
    対艦ミサイルに対する対空20ミリクラスの威力不足が懸念され、30〜40ミリクラスの
    対空機関砲もいくつか開発・搭載する艦船も存在するのが現在であります。 
    蛇足ながら、スェーデン鋼で作られた本家と同じ性能のものは 現在の日本の工業技術でも製作難であろう。 というのが小生同好仲間内の多数意見であります。

    軌跡の発動機?誉

  3. >2
     そのKG5の積んだ40ミリは本邦で25mmに置き換えられた毘式40ミリの改良型です。つまり日本海軍は旧式40ミリを改良するのではなく、より優れた25ミリに置き換えたのです。つまり適材適所もクソも無く、航空機の性能向上に合わせた火器の選定は各国とも行っており、その選定作業の結果として日本海軍は25ミリを選んだのです。
     またボフォース40ミリは優秀な火器ですが、これを戦前の段階で採用していた列強海軍は存在しません。つまり何処の海軍の選定結果にもボフォースは無かったのです。
     そしてカミカゼ対策で40ミリを増加した艦艇はごく一部で、殆どは20ミリを積み増ししています。これは40ミリが無駄に大きく追加できる余地が殆ど無いこと、神風はゼロ距離まで入ってくるので射程はそんなに大きい必要が無いこと等が上げられます。まさに昨今の対艦ミサイル対策と同様のことです。
     大口径機関砲を使ったCIWSを各社が提案していますが、列強でそれを選択している艦艇がごく僅かであることを思えば、40ミリが中途半端というのは実は過去から今に至るまで変わらない真理であるともいえるかもしれません。
     ボフォース40ミリは、ポンポン砲や28ミリの開発に失敗した英米が応急的処置として有効活用しただけの話ですし、真に恐るべきは火砲ではなくFCSにあったという点にも注意が必要でしょう。そしてアレほど活用した米軍はさっさと76ミリ砲にシフトしちゃってます。つまり40ミリは中途半端なんです。
    SUDO


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