質問コーナー(AnsQ)分類

1.航空機関係 1401 - 1500


No.
内容
1401 丸の1993年8月号の碇氏によって要約された陣風開発者の手記の中で、陣風の開発者が1944年?3月24日に福生にある陸軍航空審査部に訪れてFw190を見学したそうなのですが
問題はこの後にこの開発者が見たものの中味は水冷式のキ84もあったと言っています
実際にはこの水冷式キ84というのは計画案でもいいので存在したというかあり得たのでしょうか…?
ネット上にある多くの逸話はおそらくはガセネタと思っているのですが、たまに見かける前線基地で勝手に隼に鍾馗のエンジンを搭載したなんていうようなことは当時の日本軍では発生しえたことでしょうか?
1402 お久しぶりです。毎度お世話になっています。
今回疑問に思ったのは、プラモデルで登場する真珠湾攻撃時の志賀大尉の零戦二一型、AII-105についてです。この機体では飛行隊長を示す三本線がありますが、彼は大尉であり、階級的に飛行隊長は無理だと思うのです。 また、真珠湾攻撃時に加賀では唯一少佐階級の搭乗員で艦攻隊の橋口 喬 少佐が居り、この方が階級上必然的に飛行隊長だとするのが私の根拠です。つまり、真珠湾攻撃時の志賀大尉機は分隊長を示す二本線が実際のところではないでしょうか。また、志賀大尉は後に少佐階級でありながら信濃飛行長や343空飛行長を任じられていますが、本来飛行長は中佐であって少佐が飛行長になることがあったのでしょうか?
1403 お久しぶりです。よろしくお願いいたします。

2つ質問があります。

1 Bf109本を探しています。特にドイツ同盟各国の塗装図が充実した
ものを探しています(むしろドイツより同盟国の方重視です)。洋書でもちろん構いません。
何かいい資料をご紹介ください。英語であると嬉しいです。

2 Bf109決定版大事典的書籍、これ1冊で普通人はOK的書籍も探しています。洋書で
図版多目のおすすめがあったら、お教えください。

よろしくお願いいたします。
1404 前縁スラットについての質問です。
Bf109やLa5などに見られる前縁スラットですが、これがなぜ気流の翼面剥離を防止するために効果的なのか、メカニズムがいまいち分かっていません。
スラットが展開して主翼下面の気流が隙間(スロット?)を通り、主翼上面に流されることによって、流速の速い気流を主翼上面に作り、剥離しそうになっている流速の遅い気流を繋ぎ止めるのでしょうか?
それとも別の仕組みで失速を防ぐのでしょうか?

また、スラットが展開している場合、空気抵抗が増えて空戦で必ずしも有利に働く訳ではないと思うのですが、WW2当時のパイロットの評価はどうだったのでしょうか?

どなたかお詳しい方、よろしくおねがいします。
1405 主翼面積が19m^2だった頃のキ84試作機の全備重量は計画の3500kgだったのでしょうか?武装など必ずしも積んでいない試作機の話で全備重量を語るというのも違和感がありますが…。ともあれ主翼19m^2のキ84はいくらか軽量でしたか?
1406 お願いいたします。

エルラ ハウベは前線基地などで通常型キャノピーのBf109と現地工作程度の作業で換装できた物なのでしょうか?

需要はあったと思いますし、できたようにも見える反面、下請けのエルラ社がキャノピーだけ前線に送れたものかとも思え、気になっています。ご教授ください。
1407 何度もすみません。またBf109-Gについてです。

過去ログ3399で、

「(Bf-109Gの)着陸は(事故が多かったと言われるが)、本当はコツをつかむと簡単であり………」【丸かっこは私が付けました】と6番のアンサーにありました。

この『コツ』とはどんなものなのでしょう? 雷電みたいに横を向いて地上との距離感をつかんだり、キャノピーに目安になるラインでも入れたりしたのでしょうか?

また、着陸とは逆に「離陸が危険だった」との見解も見ました。プロペラの回転トルク(?)にでも引っ張られて横転でもしたのでしょうか?

Bf109Gの離着陸についての真相、どうかお教えください。
1408 ターボプロップ軽攻撃機が高度5000メートルからマーヴェリック・ミサイルを発射して、移動中の装甲車や高速艇を撃破することはできるでしょうか?
1409 日本陸軍機の「外板厚」について質問です。
一般に日本軍機の外板は薄く、米海軍機などと比べるとベコベコしているなどとよく言われますが、この様に海軍機では外板厚の議論がよくなされていたと思います。零戦二一型では主翼外板厚を0.6mmにしたら最高速度が十ノット近く向上したり、五二型甲で0.7mm厚にしたら急降下制限速度が400ノットまで許容されたり、平山氏曰く、「雷電は外板厚が分厚く作りやすかった」などなど、様々な厚板のメリットが語られています。
一方で陸軍機はどうなのでしょうか。隼の外板厚には一式戦闘機隼研究所に、「付け根のみ0.8mm、大半は0.5mm」「翼外皮については0.6〜1.2mmのアルミクラッド24ST」など一貫していない様に見えます。
私の大好きな四式戦などは、どうなのでしょうか。どうも58振武隊の写真を見ると少々汚い様にも見受けられます。
モノコック構造はフレーム+ボディで強度を成しますので、いくらかボディが受け持つ応力をかるんじて、更に効力まで生み出してしまっていては多少の軽量化も手放しで喜べません。
1410 カテゴリとして艦艇の方かもしれませんが
十六試艦攻&零戦コンビの艦上機の搭載数の見積もりについて
しばしば十六試艦攻常用36機はなんとなくわかるのですが
それに対して零戦が常用18機しか計画されてないのはなぜでしょうか
素人考えには、同時発進可能機数で、十六試艦攻が少ない分、零戦を増やせる
のではないか?
と思ってしまうのですが、この零戦18機はどのような意味があるのでしょうか

そもそも航空機の運用の都合なのか、母艦の艤装の都合なのか、そこからしてわかりません
助けてください!
1411 リアル系のコンバットシュミュレータ(BOS)で遊んでいます。
実機のP-47D-28について3つ質問があります。

まず、機銃のオプションについてですが、このコンバットシムでは、
機銃が取り外しできるオプションが選べるようになっています。
種類としては、50cal×8、×6、×4の3種類が選べますが、
実機にこのようなオプションが存在したのでしょうか?

次に旋回性能ですが、このゲーム上のP-47D-28で、下記諸元で
水平維持旋回(開始高度約1000m、旋回開始速度約400Km/h)を実施しました。
その結果、速度低下とともにフラップを下ろして行き、
最終的にフルフラップで速度160km/hで最小旋回半径となり、
それ以降はエンジンダメージが入るまで比較的に安定して
旋回を続けられましたが、実機はここまでの低速で安定旋回できるほどの性能を持っていたのでしょうか?

<旋回テスト時のテスト機諸元>
機種:P47D-28
機銃:50cal×8
燃料搭載量:50%
弾薬:満載(機銃のみ)
エンジン回転数:2700rpm
排気圧 :47
ペラピッチ:100%
ブースト:無し
ミクスチャ:オートリッチ
オイル、ラジエータフラップ:全開

最後に、エンジンの耐久性についてですが、
ブーストなし、ペラピッチ100%、ミクスチャ オートリッチ、水平直線飛行の条件で、
高度約1000m、エンジン回転数2700rpm 排気圧47 でテストしたところ、
約20分飛び続けてもエンジンに異常は無く、
同条件でブースト時(排気圧 66、排気タービン100%使用)では、6分45秒で
エンジンダメージ(故障)が発生しました。
このデータについて実機と大きく乖離している部分は無いでしょうか。

この掲示版では、各分野での専門知識を持っておられる方がおられると聞きました。
各項目に対する回答において、実在する資料や根拠などがありましたら、お手数ですが併せてよろしくお願いします。
1412 中島の十一試艦爆について3つ質問があります

1 設計者の山本技師はそのがどのような計画に携わったのでしょうか

2 試作機の引き込み脚は無事作動したのでしょうか?

3 中島に返納された試作機は、脚を固定していたと言う話もあるのですが、
栄搭載で最大速度436km毎時を発揮したとする記事も見かけます。
D3Aと比べて胴体が細いので、小口径の発動機への換装の効果はより高そう(光搭載だとかなり速度が劣る)ですが固定脚にしては速い気がします。
脚はどうなっていたのでしょうか?
1413 単発機のタキシングではあえて斜めに進むことで前方を視認する方法があるそうです
太平洋戦争後期の日本軍航空基地の誘導路は曲げるよう定められていたそうですが関係あるのでしょうか
それとも他の理由からでしょうか
1414 初期の航空機の倒立エンジンはプロペラがエンジン直結だったため正立エンジンよりもプロペラと地面との距離を取れていますが、
減速機をかませるようになってからは地面との距離が正立エンジンと逆転しています。
星型エンジンのように減速機をかませてもクランク軸とプロペラ軸が直列になるようにできなかったのでしょうか。
1415 九八式陸上偵察機の3号爆弾搭載方法につきご教示頂きたく存じます。
BUN様のご指摘によれば小型爆弾投下機戦闘機用改3は翼下搭載用とのことで3号爆弾を搭載した九八式陸偵も同じく翼下搭載であるとのことでした。
ここで疑問な点がございます。それは林唯一のスケッチに描かれていた胴体下にタンデム搭載された小型爆弾と懸吊架は何だったのかということです。あれは通常爆弾でしょうか。
最近林唯一の関係者の方に縁があり、原画に触れる機会があり個人的な興味を持った次第です。
何卒よろしくお願い申し上げます。
1416 申し訳ございません、またBf109G6の件です。

映像を見ると右側にイナーシャを突っ込んで回し、恐らくクラッチ(フライホイール?)を勢いよく回してからエンジンにつなぎ電気を流してエンジン起動、だと思うのですが、

イナーシャ回す前にパイロットが何をするか、イナーシャの回転が足りなくてエンストしたら(起動しなかったら)どうするのか?
無事に起動したらパイロットはまず何をするのかがわかりません。

検索したところ、
https://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:nQ6rVS9zo_oJ:https://theai
rtacticalassaultgroup.com/forum/attachment.php%3Fattachmentid%3D9299%26d%3D13983
67955+&cd=11&hl=ja&ct=clnk&gl=jp#2

こんなものを見つけたのですが、例えばHANDPONPを3〜4回押す、が何を意味するか困っています。

助けていただける範囲で構わないので、Bf109G6のエンジン起動の手順についてお教えください。よろしくお願いいたします。
1417 ウイキペディアのゼロ戦のページの航続距離の欄を見ると見慣れない表記がされています。
>>巡航3,350 km(増槽あり)/巡航2,222 km(正規)
>>全速30分+2,530 km(増槽あり)/全速30分+1,433 km(正規)

「正規」というのは機体内のタンクで飛べる距離の事でしょうか?それとも違った意味があるのでしょうか?

「全速30分+2,530 km」の全速30分+とはどのような意味でしょうか?

また「巡航」というのは具体的にどれぐらいの速力の事なんでしょう?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F%E3%81%AE%E6%B4%BE%E7%94%9F%E5%9E%8B

よろしくお願いします。
1418 失礼します。
ソビエトの爆撃機к-12の操縦席ハッチの動き方をご存知の方はおりませんか?
http://xn--80aafy5bs.xn--p1ai/aviamuseum/aviatsiya/sssr/bombardirovshhiki-2/bombard-1920-e-1940-e-gody/bombardirovshhik-k-12-vs-2/
こちらのサイトで色々写真を見て、機体側のドアの動きは分かったのですが、風防の動き方が分かりません。
1419 あまんきみこ「ちいちゃんのかげおくり」に関連して伺います。
あまんは満州におり、調べた限りでは空襲被災していないので特定の空襲に比定してよいかという疑問は残るのですが、仮に比定するとした際に候補となり得るのはいつ・どこの空襲でしょうか。
テキストからは以下が読み取れます。
・夏のはじめ
・空襲自体は夜、焼夷弾
・ちいちゃんは優先的な保護対象であるところの出征軍人の銃後の家族なのにもかかわらず、隣組とおぼしき「はす向かいのおばさん」やその向こうにいるはずの町内会関係者がちいちゃんを探しに来ないことから、町内会組織が壊滅するような相当な被害があったと推察できる。
・空襲の4日後、ちいちゃんが亡くなる朝は晴天。
1420 同一または類似の目標に対して継続的反復的な戦略爆撃を行う場合(例の25回/3回)、ソーティごとの平均損耗率として各国軍(それぞれの時期・状況において)が許容していたのは何パーセントだったのでしょうか。

また、実際の損耗率は、各国軍それぞれの時期・状況において、何パーセントだったのでしょうか。
1421 日本陸海軍の航空特攻による戦死者数を約4000人とする時、「特攻隊員(直援等除く)」の総数は約何人だったのでしょうか。
1422 すみません、またメッサーシュミットBf109G6のことですが、お教えください。弾丸の給弾と排莢のことです。
この図面を見つけました。また、モデルアート1987年増刊のメッサーシュミットGも通読しました。
https://m.imgur.com/KOYWSCQ

MG131は機外に空薬莢を捨てると理解しました。151は機内に回収するようだとも理解しました。
以前、零戦52型ですが、排莢するとき、リングみたいなものも一緒に捨てている画像を見ました。
本題です。

1 G6に給弾する方法をお教えください。131,151両方図面には(CとK)にはマガジンと書いてありますが、ベルトにまとめてマガジン、だと思うのです。あと、圧縮空気でベルトは給弾すると読んだ記憶がありますが(この方法の詳細も分かっていません)、13、20ミリを人力で給弾することは可能でしょうか?

2 弾丸は給弾帯にどのように装着したのでしょうか? 前述した零戦映像のリングが気になるのですが、がいこくの
1423 すみません。書き込むボタンを押してしまいました。以下続きです。

外国のサイトできるだけ見た範囲でも、G6のベルトに弾丸装着する方法も、リングについても見つかりませんでした。

3 ベルトと、151の空薬莢はリサイクルできたのでしょうか?
ベルトが金属か布かも分からない体たらくですが、どうかよろしくお願いいたします。
1424 日本海軍の艦載水偵について調べているところで、知恵をお貸しくださるとありがたいです。

搭載定数では戦艦と軽巡洋艦は二座機のみ、重巡でもWW2以前なら二座機の方が多めで、艦載水上機としては二座機の方が重視されている印象を受けました。一方で三座水偵や飛行艇が陸の水上機基地から活躍しているイメージが強いのですが、艦艇の搭載航空機としては二座機の方が優先度が高いのでしょうか?

また、開戦後はしばらくすると重巡で零式水偵の搭載数が増え、軽巡も新しい大淀・阿賀野型では零式水偵が標準になっていますが、巡洋艦から二座機が減っていったのはどうしてなのでしょうか?

1425 以前は大変お騒がせしました。
ところで航空力学の序の口の質問で大変恐縮ですが、角型翼端について質問です。
天下のN○Kのあまりの影響力の大きさという事もあり、もはや「総括の体を成していないだろ!」とまでの勢いで酷評されている「零戦に欠陥あり」は有名ですよね。この番組が発端の角型翼端形状に関する批判は誤りだとの論は散々目にし、いくら素人目でもNHKが結果ありきで作り上げた黒だというのは察しがつくのですが、…
改めて翼端形状のこの違いはあまり抗力に影響を与えないという事でよろしいでしょうか。また算出される抗力差は「真っ当な」解析では実際のところいくらの差を生んだとされるのでしょうか。
(あの先生のテキトーな実験!、といくら言ったところで、東大航空の教授が大真面目にやっていた事ですので、私としてはそれに正面切って反論できず黙り込んでしまうのです…。同じく航空分野の知識で○○%の抗力差、などと特定出来ないでしょうか)
1426
Bf109 の主翼翼厚比について、
今までに(14.8%)と(14.2%)の数字を拾いましたが、
最近みつけた下によりますと、
https://forums.x-plane.org/index.php?/forums/topic/4190-airfoil-for-messerschmitt-bf-109g2/

?が、ついていますが
E型までが(14.8%)でF型から(14.2%)とありますが、どうだったのでしょうか。

また、他にこの様な機種はあったのでしょうか、ご教示ください。
1427 稚拙な質問で申し訳ないのですが日本陸海軍の発動機の名称についてです。
例えば「ハ112-IIル」は「ハ」は発動機の頭文字ですが最後に付いている
「ル」は何の略称なのでしょうか。
排気タービン過給器付きの発動機には「ル」が付いていますので何らかの
関連がある事への略称なんでしょうが資料をひっくり返しても謎のままです。
ルーツブロワかな?と疑ってみましたがハ211ルは遠心式が搭載されている上に
スーパーチャージャーですので関連が有るとも思えません。
御教示願います。
1428
BMW116 等を調べていて出てきた事ですが。

1929年の末に(Reichswehrministerium、ライヒ運輸省)が
BMW、ユンカース、ダイムラーベンツに、20L級と、30L級のエンジンの開発を要求しましたが、

30L級のエンジンは、
(BMW 117,Jumo 211,DB 600)が出て来ますが、
20L級のエンジンは、
(BMW 116,Jumo 210)は出てきますが、
ダイムラーベンツは見つけられませんでした。

https://de.wikipedia.org/wiki/Messerschmitt_Bf_109
上の記事では、新戦闘機のエンジンには
Jumo 210 と DB 600 が考慮されていた様です。

ダイムラーベンツでは、20L級のエンジンは開発されなかったのでしょうか、
ご教示ください。
1429 航空母艦から爆弾を抱えて飛び立った飛行機は、その爆弾を使用する機会が無くて、帰途につく場合、途中の海上でその未使用の爆弾を投下するのですか? 
(投下の理由は、1.帰路の速度を上げるため、2.着艦時に不慮の事故が起きた際、被害を軽くするため、とか聞きましたが)
1430 初めて質問させて頂きます。日本海軍のカタパルトで、過去ログで昭和15年横須賀にて零戦が射出に成功と言うコメントを目にしたのですが、他のサイトにて零戦が衝撃でバラバラになったと言うのを目にし、一体どちらが本当なのでしょうか。第二に、96式艦戦が射出成功してるのに零戦が射出出来ない事ってあり得るのでしょうか?
1431 書き込みエラーとなる不適切な用語には
どんな語が有るのでしょうか。
ご教示ください。
1432
Bf109 は、主車輪のキャンバと、トーアウトの為に
以下の画像の様な事故を起こしやすい機体と成った訳ですが、
http://aviadejavu.ru/Images6/AK/AK2016-02/47-2.jpg
http://aviadejavu.ru/Images6/AK/AK2016-02/48-2.jpg
https://www.worldwarphotos.info/wp-content/gallery/germany/aircrafts/bf_109/Bf109F_5.jpg
https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109F/JG51.I/images/Messerschmitt-Bf-109F2-1.JG51-(W9+)-damaged-after-landing-Eastern-Front.jpg

それ以外に、以下の画像の様な事もあります、
https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/JG27.I/images/Messerschmitt-Bf-109E-3.JG27-Yellow-6-on-its-back-Damenlandung-early-France-1940-01.jpg
http://aviadejavu.ru/Images6/AK/AK2016-02/49-0.jpg
https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/JG27.I/images/Messerschmitt-Bf-109E1-3.JG27-Yellow-10-France-1940-01.jpg

これは、高圧タイヤを使った為に起きた事では、と思いますが
あまり話題になっていない様ですが、何故でしょうか。
ご教示ください。
1433  WWIIのヨーロッパで、空軍が地上部隊を攻撃するにあたり、ドイツ軍はJU87ストゥーカによる急降下爆撃を多用したようです。
 アメリカ軍はドーントレスのような優れた急降下爆撃機があるのに、P47やP51のような戦闘機を使っていたようですが、これらの航空機は急降下爆撃を行っていたのでしょうか?
 素人質問で申し訳ありませんが、ご教示願います。
1434 スピットファイアは(型番は問いません)エネルギー保持が悪く、旋回を始めるとすぐに速度を失い敵機に対して不利になったのですか?
この質問をするに至った経緯というのも、ゲーム「ウォーサンダー」ではそのような仕様なのです。
想定する敵機はそうですね、、、難しいですが同世代のメッサーシュミットでどうでしょうか。
1435 1981年のイスラエル空軍によるイラク原子炉爆撃作戦(バビロン作戦またはオペラ作戦)について質問いたします。
この作戦では8機のF16が16個の200ポンド爆弾を投下し、14個を原子炉に命中させるという驚異的な戦果をあげています。
この爆弾は無誘導だったそうですが、どのような方法で爆撃したのでしょうか?
1436 日本海軍機で防錆のために塗られた通称「青竹色」についての質問です。

青竹色と呼ばれるクリアブルーの塗料(淡青色透明、青色E4)についてですが、青竹色という通称はいつ頃から、どのような形で現れたのでしょうか?

というのも、黄変して緑色になっていない淡青色透明を「青竹」と表現するのはさすがに無理があるのではないかと思い、操縦席に塗られている淡緑色艶消(淡緑色M1、灰緑色M1)の色を「青竹色」と表現していたものが、伝言ゲームの末に淡青色透明を「青竹色」と呼ぶようになったのではないか、と思ったので、青竹色という通称自体について調べる必要があると思ったからです。

1980年代頃まで?はプラモデルのコクピット色を淡青色透明で塗ることが一般的であったことから、「コクピットは青竹色(淡緑色)であった」→「コクピットの塗装指示はメタリックブルーだから、これが青竹色なのだ!」という誤解が生まれたのではないかと思うのですが、青竹色にまつわる経緯や資料に詳しい方はいらっしゃいますでしょうか?
1437  1436の質問に関連してなのですが機体内部色は防錆のために塗るのですか?
私も昔は防錆のためと思っていたのですが、自衛隊の航空祭の時に話した空自の人が「考えたことなかったけど違うんじゃない?昔の米軍機なんか外側無塗装の機体たくさんあるし旅客機だって外装無塗装の部分たくさんあるでしょ。もし機体が錆びるような材質ならまず雨風の当たる外側塗らないと。新幹線の見えない内側も飛行機と同じ あなたの言う機体内部色が塗ってあるけど あれってアルミとかカーボンだから防錆塗料必要ないでしょ?」と言われました。

 言われてみると車のボディの内側や鉄板を使った様々な機器では飛行機の機体内部色は使われていません。本当に防錆目的なのでしょうか?
1438
又(キャンバ、トー)の話ですが、あらたに画像などを見つけましたので。

La-9 の主脚です。
https://www.scalenews.de/wp-content/uploads/2017/09/technische-beschreibung-lavotschkin-la-9-041.jpg

以下の中にあります。
(Lawotschkin La-9 Technische Beschreibung)
https://www.scalenews.de/lawotschkin-la-9-technische-beschreibung/

ここの画像での解説が、私には判り易かったです。
http://driving310.com/tag/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC

Bf109 の設計では、
エンジンマウントと主脚取付金具を一体化して軽量化をはかり、
主翼に主脚が収まるようにする事と
そのうえで(キャンバ、トー)が適当になる様に
主脚回転軸を機体中心線と角度がつくようにしたのだと思いますが、
当時(キャンバ、トー)については充分理解されていたのだと考えて良いのでしょうか。
1439 J5N1天雷についての質問です
天雷の武装の20o99式2号銃2門と30o5式機関砲2門ですが、その弾薬数がそれぞれ1門あたり700発という記述をたまに見かけます
ですが弾薬重量から考えると30oだけでも660g×700発×2門=924kgになりますし、20oも加えたら210g×700発×2門+924kg=1.22トンになって飛行性能に深刻な影響を当たる気がするのですが
実際のところ天雷の搭載弾数ってどんなものだったのでしょうか?
合計700発っていうなら納得できるんですけど一部の内部構造図だとパイロット後方に大型の弾倉があるって注釈までついてるんですよねぇ…
1440 日本が輸入したMe109E-7(Bf109E-7)について、いくつか質問があります。

@
輸入した機体数なのですが、私が知っている説は3つあり、どれが正しいのでしょうか?

1.日本陸軍が2機輸入
2.日本陸軍が3機輸入
3.日本陸軍が2機、海軍が1機輸入(海軍個体は濃緑色に塗られた?横須賀に送られヨ-805かヨ-807のマーキング?)

恐らくは1が正しいかと思っているのですが、3機輸入説というのも聞く機会があり、どちらが正しいのかな?と思っています。
私の認識では当初はMe109E-3を10機輸入予定だったものの、その10機は実戦部隊に回されてしまったので、E-7を2機輸入した。
という流れかと思っているのですがいかがでしょうか?



A
上記の情報を調べていたところ、海外サイトでW.Nr.に関する情報がありました。
参考:https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/JAAF.html

こちらのサイトの側面図の画像にW.Nr.6524とあります。
プロファイルソースはFlugzeug Classic 2012-05号とのことですが、残念ながらドイツ語のため内容を読み解けません。
輸入機体のW.Nr.に関して、なにか情報をお持ちの方はいらっしゃいますか?

ちなみにW.Nr.と工場≒塗装パターンを照らし合わせようとしたのですが、ネット上にある情報ではW.Nr.6523までの情報しか無く、この機体のW.Nr.の真偽・塗装パターンを特定するには至れませんでした。


B
Aで参考として貼り付けたサイトに、陸軍が輸入した1号機の写真がいくつかあります。
この内、斜め後ろからのアングルの写真を見ると、フラップのリブ部分のみが暗色になっています。
リブのみが明るく映っているのであれば反射かな?とも思うのですが、暗く映るのは不可解です。

1.RLM65/71/02(あるいはRLM74/75/76)の三色迷彩で、垂直尾翼や胴体上面を見るとかなりキッチリと磨かれた機体?

2.主翼上面の塗装パターンは一般的なスプリンター迷彩ではないように見え、Josef `Pips` PrillerのMe109E-3(W.Nr.5057)のように、RLM02/65などの明色で上塗りがされている?

上記の1と2が正しい場合、リブの色は上塗りされたRLM02/65が塗装後の研磨段階で磨かれすぎて、リブ部分のみが下地色を露出させたのかな?と思ったのですが、皆様のお考えはいかがでしょう?


いろいろと情報がとっちらかっておりますが、ご興味のある方、情報をお持ちの方、宜しくおねがいします。
1441 97艦攻や天山は800kg爆弾を積めるのに、250kg爆弾を搭載するときは2発しか積まないようです。

ペイロード的には250kg爆弾を3発積めるはずなのに、どうして2発しか積まない仕様にしたのでしょうか。あえてそのような仕様にしたのには理由があると思うのですが。
1442 ラバウルに合った海軍航空技術廠についてお尋ねします。

内地にある空技廠では新型機の実験などの他、
実用機の設計や生産までやっていたことは存じておりますが、
ラバウル空技廠は

1) どういう目的で作られたのでしょうか?
2) 実際にはどんなことが行われていたのでしょうか?


前線に近いところに作るのですから、目的、実際の運用共に
損傷機体の修理や鹵獲敵機の研究がメインではないかと思っておりますが。

質問に先立ち、

「ラバウル 空技廠」
「108空技廠]

などの検索ワードでググってみましたが、
それらしい答えにたどり着けませんでした。
よろしくお願いします。
1443 V字尾翼の件についてお尋ねします。
二式単戦や雷電は、離着陸時に迎え角を取る時不安定に成るのが事故の原因だろうと思います。
V字尾翼にした場合には改善可能でしょうか?
1444 こんにちは。今日質問したいことですが、日本海軍の流星艦上攻撃機の着陸速度について教えていただけないでしょうか?計画では120km/h程度だそうですけど、実際の着陸速度については調べても出てこなくて少し悩んでいます。知ってる方がいらっしゃいましたら是非ご教授を願いたいです
1445 キ100-II戦闘機もタービン過給器が両脚のエンジン近くに配置されているのでテストはともかく過熱問題(中間冷却器もないので)が出てくるだろうと推察して良いでしょうか。(そして優先もないので開発中止へと向かうと考えています)よろしくおねがいします。
1446 ハ112-II(海軍名:金星62型)の年度月別量産数がお分かりになる方は
いらっしゃいますでしょうか。宜しく御教示ください。
1447 第二次世界大戦時、ノーズが黄色に塗装された戦闘機がありますが、なぜあのように目立つ色に塗装されていたのでしょうか? 視認性が上がりそうですし疑問に感じてしまいました。よろしくお願いします。
1448 A7M1の試験時に発動機が定格を出せていたらA7M1は合格したのでしょうか?
325ノット程度では採用されないですか?
1449 雷電の評判が日米軍であまりに食い違うのはどういう理由があるのでしょうか。
特に機体の振動もあまり問題視されなかった、というのが気にかかります。
米軍機が日本軍機より振動が発生しているから、米軍パイロットが振動に慣れていた、という理由では鹵獲機に振動が大きいという日本パイロットの回想からなさそうですし。
1450  枢軸国は4発輸送機を作れていても4発爆撃機の開発はあまりうまくいっていないように思えるのですが、4発爆撃機というものは開発するにあたって何が技術的なネックがあるのでしょうか?
1451 アニメの話ですが、
一式戦隼の主脚引き込みの状態が

ゼロ戦の以下の動画の様に描写されていますがどうだったのでしょうか
https://www.youtube.com/watch?v=MP1WDPgLZ1I

ゼロ戦の主脚について、以前読んだ記事では、
軽量化の一つに油圧ポンプを小型化したので
脚上げの時まず左脚(?)に油圧が送られ、
格納されると回路が切り替わり
右脚(?)が上がると記憶していたのですが、

しかし以下の動画では油圧は両脚同時に送られている様です。
https://www.youtube.com/watch?v=Ld6OLfOS9PM
https://www.youtube.com/watch?v=xfidCmhAMe0

ご存知の方ご教示お願いします。
1452 ウイキペディアの「イスパノ・スイザ12Xエンジン」の諸元欄の項目「t-o power(hp)」を日本語に訳すと何になるでしょう(もしくは何の略なのでしょうか)?

https://en.wikipedia.org/wiki/Hispano-Suiza_12X#Variants
1453 第二次世界大戦初期、レーダー充足以前にドイツ空軍が使用した
赤外線暗視装置(の一種)「シュパナー」についてですが
光人社「夜間戦闘機」の簡単な画くらいしか見たことがありません。
詳しい書籍やサイト、また御存知の事がありましたら御教示ください。
1454 漠然とした質問で申し訳ありません、日本軍機のスペックを見ると、欧米機などに比べて数割軽量な割には空冷エンジンの馬力も大きいと思います。しかし、その割には「疾風や紫電改ならF6Fとタメorいやいや負けるね」「三式戦はP-40とタメ」みたいに、重量比出力の大きさが出ているとは思えません。
これはエンジンの出力が必ずしも額面どおりでは無い事にも加えて、プロペラの空力性能が劣っている事も一因なのでしょうか。
特にFw190、P-51などは、やや貧弱な出力に大しての重量の大きさに比べて素晴らしい性能と言わざるを得ません。
1455 DB601Eは、B4燃料使用時でも、DB601NのC3燃料使用時を凌ぐ性能を叩き出しています。DB601自体は、1.42ataのDB605に派生する余地を残していたのですから、高ブースト化が許容出来ない設計とは少し思えません。
素人目には、N型と同様にDB601EのC3燃料仕様を作ったろ!に行かなかった理由が不思議でなりません。
ここら辺の経緯を説明していただけると幸いです。
あるいは私が知らないだけで、DB601Eの改良に失敗していたのでしょうか。

私はBf109Fが好きですので、こうしていればF型の均整をスポイルする事なく更なる性能向上が見込めたと思うのです。
1456 いつも楽しく拝見しております。初質問となります。
模型製作の際の艦載機の塗装に関して疑問が湧きました。

1.真珠湾攻撃の際の九七艦攻の機体上面塗装に関して
 赤城・加賀艦載機は銀色と暗緑色の斑点二色迷彩(ハゲてるだけ?)、飛龍・蒼龍艦載機は暗緑色に茶色の斑点二色迷彩、翔鶴艦載機は灰白色と暗緑色の大柄な二色迷彩、瑞鶴艦載機は暗緑色と茶色の大柄な二色迷彩と記載されたサイトがありましたが、これは事実なのでしょうか?
 (上記が事実だとしたら)一方で零戦や九九艦爆は統一された塗装(全面灰白色)だったと思うのですが、なぜ九七艦攻だけ艦ごとの塗装バリエーションが許されたのでしょうか?

2.国籍マーク(日の丸)の白縁
 過去のご回答で「1942年(昭和17年)10月5日より敵味方識別帯(黄色等)と白縁つき日の丸となる」とありましたが、龍驤や飛龍の艦載機の塗装例が書かれたサイトで白縁つき日の丸が書かれたものがあります。
 これはありえないので誤りと考えていいでしょうか? それとも正式なルール化が1942/10であって、それ以前に一部の機体では白縁が書き込まれたことがあったのでしょうか?

 素人質問で申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。
1457 モーターカノンの始まりを調べてみまして、以下を見付けました。
https://aircraft.fandom.com/wiki/SPAD_S.XII

@ 実用化した最初の機体でしょうか。
A 実験的でも、他に有りましたでしょうか。

ご教示ください。
1458 ttp://www.warbirds.jp/ansq/12/A2003219.html
このAnsQ過去ログにて「遠距離戦闘機にキ43が不適だった場合は九七式司偵を単座に改造して戦闘機にする案があった」
という話がまるで事実かつ常識であるかのように議論が進行していますが、この九七式司偵の戦闘機化案というのは本当にあったのでしょうか?
自分が今まで諸々の書籍で見かけてきた九七式司偵の解説文ではそのような案があったという記述は見たことがないですし
色々とググってもみましたが件のページ以外全然ヒットが無く、正直この案の実在について少し疑っています
この案について記述されている書籍がありましたら是非教えてください
1459 旧ソ連の軍用ヘリコプターについて質問です。

アメリカではOH-6やOH-58、
欧州だとアルエットやガゼルのような
軍用としている小型ヘリコプターがありますが

ソ連ではMi-2など比較的ヘリがあるばかりで、
それもポーランドで生産されていたそうです。

ソ連にはMi-6やMi-26などの巨大ヘリコプターがある一方、
小さなヘリが見当たらないのが
なんとなくソ連らしい、とは思ったのですが
なぜ、そのようになったのでしょうか。
1460 「二式戦闘機の主翼付け根の張り出しは悪影響を与えたか?」について。
どうも失速特性には(も)全く詳しくない素人の者です。
最近この飛行機を見ていて思うのが、付け根の形がいつ見ても歪過ぎる!、という事なんですが、実際こんな小さな主翼にドカンと張り出しが付いてて何か影響を与えないものでしょうか?
そもそも車輪の格納のためのもので、ジェット機の所謂ストレーキ的な効果を期待するには、トンガリが足りなさ過ぎるし…。鐘馗から発展した四式戦では何とかして動体下に埋め込んでしまっています。
付け根のコードが伸びる事で「翼根だけ」翼厚比が小さくなり、そして途中で翼厚比が本来の値に戻って、そこからまた翼端にいくにつれ徐々にまた薄翼に…と一旦上がって下がっての不規則な翼型が連なる感じになりますね。
本来なら積極的に格闘しても良しな飛行機になる筈なんですが、どうも評価が思ったほどではないな、と。
あと関係ないですがバルジのところをトリミングすると見違えてスマートな飛行機に変身する事に気付いてしまいました(笑)
1461
Bf109T-1 の主翼の折り畳み部がわかる図面を見付けました。
@
http://aviadejavu.ru/Images6/AK/AK1999-05/50-1.jpg
http://aviadejavu.ru/Site/Crafts/Craft20991.htm
A
https://ww2aircraft.net/forum/attachments/clipboard02-jpg.232075/
https://ww2aircraft.net/forum/threads/bf-109t-drawing.36765/
B
http://www.airwar.ru/image/idop/fww2/bf109t/bf109t-1.gif
http://www.airwar.ru/enc/fww2/bf109t.html

主翼を折り畳むとフラップが少しはみ出ます、
以下の記事では、主翼の折り畳み時にはフラップを取り外すと有ります。
それで大分時間が必要だそうです。
https://sfw.so/1149053119-palubnyy-istrebitel-bombardirovschikbf109t.html

もっと短時間ですむ良い方法はないのでしょうか。
ご教示ください。
1462 三式戦一型の最高速度は統一懸吊架込みですか?
これは統一懸吊架を外せば600km/h以上の速力がだせたのでしょうか。
抗力が大きく隼では速度性能を25km/hほど損なったと批判を浴びています。零戦62型では大半を埋め込んでしまっています。
1463 統一懸吊架の速度低下について質問です。
「25km/hの速度低下」について、いくらか疑問に思うところがあります。
まず1番大きいのが、そもそも事実なのかどうか、です。当時の人の手記にだって幾らでも不正確さはあるわけですし、ましてや一人の整備員の証言であり、知る限りではパイロットからこの話が出たというのを私は知りません。つまり証言サンプル数の少なさが第一であり、もし仮に事実ならば多くの航空勤務者が口を揃えて言ったのではないかという点。(整備員の手記が嘘を付いていると主張しているわけではありません その必要もないですし) 二型は時期によって細かく仕様が異なり、純粋に懸吊架による速度低下と正しく特定出来るのかという点もありますし。(特に二型初期の環型冷却器は南方ではオーバーヒート気味だったと伝えられますが空気抵抗減少の観点では有利だったのは否めません)

そして次が状況証拠的な話になってしまいますが、では25km/hの速度低下がもし仮に事実ならなぜ問題にもならなかったという事です。
隼は第二案の時点から「高速」が主張されていました。これは末期の三型乙に至るまで終始一貫しています。その隼が、なぜここにきて25km/hもの著しい速度低下、それも空中性能に何ら貢献しないところでの低下を何ら問題にしなかったのか、というのが素人目にはとても不自然に移ります。
1464 J3K・J6K陣風についていくつか疑問点があり、質問させていただきたく思います。

【1】
光人社NF文庫「幻の戦闘機(著:碇義朗)」によれば、『J3は「J」の記号が示すように、防空のための迎撃戦闘機であり』との記述があるのですが、wikipediaでは遠距離侵攻用戦闘機(高々度進攻戦闘機)と記述されています。
防空のための迎撃戦闘機としての役割を期待されたのはJ6Kになってからであり、J3の段階では陸上運用の遠距離戦闘機ではないのかと思うのですが、どうなのでしょうか?
また、十七試陸戦/十八試甲戦の要求仕様を見たことはないのですが、雰囲気はキ61-IIに求められた武装強化と航続距離の延長に似ていると感じる点があり、想定していた運用にも興味があります。

【2】
資料によって記述がまちまちなのでちょっと怪しいのですが、武装の変遷について質問があります。
当初、十七試陸戦として計画が始まった際の武装案は【機首13.2mm x2、翼内20mm x4(富福技師の射撃兵装図によれば、二号機銃と十八試二〇粍機銃の混載?)】かと思うのですが、時折見かける【機首13.2mm x2、翼内30mm x2】というのはいつ頃から追加された(もしくは当初から武装案は2つあった?)のでしょうか。

【3】
また、J6Kとなった後、翼内20mm機銃が片側2門であることが確認できるモックアップの写真が官の一次審査前日の19年6月1日に撮影されていますが、19年7月9日の写真では片側3門に増加しています。
6月29日には1号機完成期日が12月末に決定し、7月6日に社内審査、7月8日に開発中止、7月9日に写真撮影となっている事を鑑みると、おそらく官の一次審査で武装強化を言い渡されて急ピッチで機銃を増設したのか、あるいは機銃増設するもモックアップでは一旦4門のまま審査をうけ、【機首13.2mm x2、翼内20mm x6】にした状態で次の審査を受ける事になったのかと思うのですが、このあたりの詳しい事は判明しているのでしょうか。

【4】
書籍やサイトによっては最終時は20mm x6で13.2mmナシとなっている事があるのですが、これは誤りということでよろしいのでしょうか。
7月15日に撮影された、翼内機銃と機首が映るアングルでエンジンがむき出しになっている写真では13.2mmが見当たりませんので少々不安になっています。
設計段階で13.2mmのために主脚の位置まで変更しており、最終時に増設された20mmにも干渉しなさそうなので、単に分解手順によって先に取り外されたのか、あるいは見えづらいだけだと思うのですが……


質問ばかりで恐縮ですが、ご存じの方がいらっしゃいましたら教えて頂けますと幸いです。
1465  初歩的な質問ですが、ヘリコプターの進歩についてご教示願います。
 1964年に富士山頂へレーダードームを運んだシコルスキーS62のペイロード(可搬量)は、NHK番組『プロジェクトX』によると1気圧で600sだったそうです。
 現在、同じ大きさのヘリのペイロードはどれくらいでしょうか?
1466
スペインに送られた Bf109 を調べていまして疑問が生じました。

Bf109 には(6-XX)のコードが付けられるのですが、
3機の試作機とA型で(6-1〜6-18)で、その後B型以降は(6●XX)に成ります。

以下の(The published figures)の表では、一番右のリン・リトガーさんの数字が正しい様ですが。
http://bioold.science.ku.dk/drnash/model/spain/bf109.html
ここでB型の(6●19〜6●45)に注目して下さい。

以下の画像ではプロペラに注目して下さい。
(6-6)の画像
https://me109.info/display.php?from=site&lang=de&auth=e&name=version_display&fotonummer=4820
(6●6)の画像
https://www.motag.de/content/images/71651932013ca941f9a5ff5f13ee8060.jpg
(6-10)の画像、以下の二枚でシュバルツ木製と判ります。
https://me109.info/display.php?from=site&lang=de&auth=e&name=version_display&fotonummer=5080
https://www.motag.de/content/images/2a5a8f1d18c048d69e4b1de0999fd7ed.jpg
(6●10)の画像
https://www.worldwarphotos.info/gallery/germany/aircrafts-2/bf_109/bf109b-6-10/
以上から
(6-XX)は、シュバルツ木製プロペラで、プロトタイプとA型
(6●XX)は、VDM可変ピッチプロペラで、B型と判りますが、
(6●6)(6●10)が無視されています。

B型が(6●1)から始めたとしますと、トータルで18機ほど違いがでます。

実状はどうだったのでしょうか、ご教示下さい。
1467 零戦22型52型を改修してF4U並みの急降下性にした上でF8F並みの旋回率を持たせるには、如何位のエンジン出力が必要に成るか?教えて下さい。
52型辺りの最終の改修で同急降下性能と聞きましたのでロシア製22型の改修という感じで如何なるかと思いましたのでお聞きします。
1468 十二試艦戦の競争試作について中島飛行機が辞退したとの事実は零戦を扱った書物にはよく見られますが。逆に中島側の機体を扱った書物には見られません。
また過去ログを拝見させていただきますとA6N1が実物大模型製作後、辞退に至った旨の記載があります。
この時の辞退に至った中島側の事情や経緯についてご存じでしたらご教示下さい。
1469 十七試陸上戦闘機J3Kと性能標準に関して調べていて、海軍における機種の種別を中心に、いくつか疑問点がありましたので質問させてください。
また、以前建てたJ6Kの武装の話とは内容が異なるため、質問を新たにさせて頂きましたがお許しください。

前回1464でJ6Kの武装について質問させていただいた際に、片さんから「BUNさんの書かれた性能標準(http://www.warbirds.jp/truth/seinou.html)の記事と見比べると良い」というアドバイスを頂き、情報を時系列ごとに並べてみたところ新たにいくつか疑問が発生しました。



まず、陸上戦闘機という名称が与えられる機体について疑問があります。
十七試陸上戦闘機の「陸上戦闘機」という区分はS15「航空機種性能標準(修正第一案)」にもS18年「航空機機種及性能標準(案)」にも見当たりません。
月光は十三試双発陸上戦闘機、雷電は十四試局地戦闘機、紫電は十五試水上戦機陸戦案→仮称一号局地戦闘機であることを考えると、陸上戦闘機というのは陸上運用する局戦以外の戦闘機を指す語なのかと思いますが、正確な定義などあるのでしょうか。



もう1つは十七試艦戦/陸戦/局戦以降の戦闘機区分についてです。
性能標準から艦上戦闘機の欄が消えたS18年「航空機機種及性能標準(案)」ですが、A戦の記事欄に
『将来「プレシュアーケビン」に依り12000m以上となりたる場合は艦戦と機種を区別す』
とあります。

この一文に艦戦という語があるのを見るに、「用地ごとの要求の差別化をやめて、艦戦も陸戦もA戦の中の小区分にした」と解釈できますが、これで良いのでしょうか?

もしくは艦上戦闘機=零戦は別区分として存在するものの、十七試艦戦の陸上機化を見越して、新たな艦戦の開発予定がなくなったために省かれたのでしょうか?
(この場合、紫電改の艦戦化計画の扱いが気になります)



それに付随してもう一つ知らなかったことがあり、十七試計画と呼ばれる一連の機体の発注と「航空機機種及性能標準(案)」の作成日は同じくS17年度かと思うのですが、肝心の日本海軍における年度がいつからいつまでを示すのかを知らないことに気づきました。
基礎的な質問でお恥ずかしいのですが、当時の日本海軍でも、現在の日本で一般的な4月始まり3月締めの年度という認識で良いのでしょうか?


度々の質問となり恐縮ですが、ご存知の方がいらっしゃいましたらご教示いただければ幸いです。
1470 旧海軍における艦載機の航法について以下の点教えて下さい。
@ コンパスの自差はどの様にして把握していたのか?
A 発艦前のコンパスは何時電源を入れたのか?
B 使用したのは航空図か白図か?
C 艦載機は気泡式六分儀を携行したのか?
D 航法用の時計の精度はどの程度か?
E 発艦前〜発艦〜編隊集合〜進撃〜敵発見時〜帰投時 の偵察員の一般的な
 作業手順は?
             以上
1471 キ87、キ94の完成が遅くなるため開発が命じられた四式戦疾風の高高度型キ841改は「使用エンジンはハ三四五(ハ四五 四四型の仮称)。主翼面積は主翼先端を片側約五○○ミリずつのばして二二・五平方メートル。プロペラ直径は約三・五メートルとする。」「主翼面積を一平方メートルふやしたこと、高空における方向安定を確保するため垂直安定板および方向舵をそれぞれ一○%大きくしたこと、プロペラ直径が大きくなったこと、このため脚柱もながくなったこと、エンジンが一○○キロ重くなったなどの理由で、自重はキ84にくらべ約二○○キロあまり重くなった」「キ841改の最大の特徴は、プロペラをキ84の三・一メートルにたいし思い切って三・五メートルとし、プロペラ効率を第一として上昇性能の改善をねらった点だが、」
とあります。
設計部第二課吉田熊男技師のメモに依る為「実際値では無い」事に注意ですが、エンジンの100キロを包含して200キロなのですから、引く100キロの、100キロ分が主翼延伸と脚強化なわけですね。
四式戦闘機のプロペラを三・五メートルにすることによる重量増加は、せいぜい百キロ未満程度であったということが伺えます。
この重量増加をきらって、三・一メートルのプロペラを採用したことは、返す返す悔やまれましが、実際問題として四式戦をプロペラ直径三・五→三・一メートルとしたときの試算としてどれだけ純粋な重量が軽減され、それは効率の低下に見合うものだったのでしょうか。
1472 こんにちは。はじめて書き込みます。お願いします。
第一次世界大戦中の1918年9月のヘルマン・ゲーリングの報告書に「敵機は防弾または防火を施した燃料タンクを装備している」とあります。
この「防弾または防火を施した燃料タンク」とは具体的にどのような構造だったのでしょうか。
1473  紫電改月産1000機計画とはどういうものだったんでしょうか?
1474 九七式司令部偵察機二型、固定脚機ながら500km/hを突破する高速機でありますが、(不可能を承知で)引き込み脚機に改良できていた場合、どれほどの高速機になり得たでしょうか。
1475
きっかけは、以下を読んでですが。
(零戦とBf109:航続距離について)
https://togetter.com/li/628095
ウイキ(巡航速度)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A1%E8%88%AA%E9%80%9F%E5%BA%A6
コトバンク(巡航速度)
https://kotobank.jp/word/%E5%B7%A1%E8%88%AA%E9%80%9F%E5%BA%A6-529850

零戦二一型の巡航速度を調べて、いくつかの数字が出てきて迷っています。
@航続距離を長くするには、250km/h 程が良いのでしょうか。
A350〜400km/h で飛行したら航続距離はどれぐらいでしょうか、ご教示ください。
1476 九七式司令部偵察機の件ではお世話になりました。
1/32二式戦鍾馗のスケールモデルや、地上整備中の写真を見たところ、エンジンとカウルの間隙より、カウル直径は一回り以上大きく、冷却の為ゆとりを持たせる設計をしていることが分かります。
(不可能を承知で)プレッシャークールや排気による吸い出しを最大限活用して、Fw190やシーフューリーの様な、ぴっしりとした、細身のカウルに改良できていた場合、形状抵抗は如何程削減されるでしょうか。ざっくりとでよいので計算式もお願いしたいです。
1477 航空機の主動源はエンジンならば、少なくとも技術者には共同認識されていたはずです。であるならば紫電改は中島製、五式戦は三菱製といっても過言ではないでしょうか。過言ではないという表現が適当かどうかは推定断言できませんが、当時の現場では、紫電や紫電改は川西製か中島製か、どちらと認識されるケースが多かったでしょうか。同様に五式戦は、川崎製か三菱製か、どちらに見られていた見解が流布されていたでしょうか。
1478 P-51Dの主翼前縁付け根の張り出しは車輪を収納するためで、車輪が小さくなったP-51Hは前縁張り出しがなくなった と解釈してるのですが(この時点では張り出しは無い方が良いと考えてた?)

では同じノースアメリカンでP51より設計が新しく、かつ車輪が前縁に関係しないであろうT-28,FJ-1はどのような意図で前縁張り出しが有るのでしょうか?
1479 質問 No.1466 を繰り返す様ですがご容赦ください。

(ScaleModels.ru のフォーラム)の15頁に、
http://scalemodels.ru/modules/forum/viewtopic.php?t=13568&postdays=0&postorder=asc&start=280

「スペインに到着したすべてのBf109 Aには、当初、穴のない(ブラインド)フードがありました。
艦隊を補充するために生き残ったこれらの車(Bf109 Bロットの配達)は、
後期のバーサおよびVDMネジから新しいフードを受け取りました。
たとえば、車6-5(または-9)、6-6、6-10。必要に応じて、写真で確認できます。」
の記述があります。

(6-6)の、プロペラとフードを交換して(6●6)に成ったと考えて良いかと思えますが、
以下の画像では、スラットが短いのとオイルクーラーの位置からB型に思えます。
@
https://www.worldwarphotos.info/wp-content/gallery/germany/aircrafts/bf_109/Bf109B_6-6_Legion_Condor.jpg
A
https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109D/Condor/images/Messerschmitt-Bf-109A-2.J88-Condor-Legion-6x6-Herbert-Ihlefeld-Spain-1937-01.jpg

B型の主翼にはオイルタンクが在り、オイルクーラーは車輪収容部の横に在ります。
A型のオイルタンクは防火壁の後ろに在り、オイルクーラーは主翼付け根に在ります。
ダブったオイルタンクは、遊ばせておくにしろ配管がややこしく成るのではと思います。
プロペラとフードと主翼を交換すれば(6●6)に成るかも知れませんが、
そこまでする必要があったのでしょうか。

ご教示頂けたら幸いです。
1480 ハ5/ハ41/ハ109は信頼性が低かったといわれますが何が駄目だったのでしょう。
見たところ圧縮比やブースト圧はそこまで高い水準を狙っているようではないと見えます。
1481 f-86対mig-15の対決を考察したジョン・ボイド氏の記事を読んでいて思ったのですが、第二次大戦の戦闘機に油圧操縦の昇降舵やエルロンを装備したものはp-38Jのエルロン以外にはなかったのでしょうか、素人質問で恐縮です。人力だと肩がこりそうです。
1482 すいません。また、変な事を思いついたのでお聞きします。
中島や三菱は元々水冷のエンジンを製造していたのですよね?では、水冷エンジンのシリンダーだけを使い空冷にしたエンジンてあるのでしょうか?
そういうノウハウ等持っていたのでしょうか?
二式単戰のエンジンはシリンダーが、ダメと聞きました。なら半径が2ミリ大きいDB601のシリンダーに出来無いのか?と思いましたのでお聞きします。
1483 キ87の全備重量がやけに重過ぎるのではないかと思われますが、原因は何故でしょうか。排気タービン付エンジンを搭載し、機体規模が大きい烈風改が、全備5.7トンであるということを考えると、6.1トンというのは何が理由なのだろうかと思います。
推測値にものをいってもしょうがないのではありますが。
1484 太平洋戦争末期の陸海軍各試作機ですが、もし対日本土戦のスケジュールが、レイテ沖海戦で米陸上戦力の撃滅に成功等で遅れた場合。
(かわりに連合艦隊は完全に壊滅したでしょうが)実戦に間に合ったでしょうか?英国曰く「間に合った兵器が良兵器」なので、
試作機が戦力化されてれば良兵器になったのか気になります。
1485 1484の質問が自己完結してしまったので、関連質問しても良いですか?
十八試局地戦闘機「震電」ですが、空冷の三菱ハ43-41「MK9D」推進式発動機を搭載し、冷却に問題を抱えていたと思います。
キ78試作高速研究機「研三」が搭載していたDB601Aの改造型や三式戦闘機2型改が搭載してた川崎ハ140(海軍だと熱田41?)
といった1,500馬力級の液冷発動機であれば計画値の750q/hを達成できたと思いますか?研三が胴体側面に冷却器を
装備していたので液冷ならば加熱問題もある程度緩和出来たかと思いますし、通常の牽引式液冷発動機のP-51が同程度の馬力で最大703q/h
だったので、私は期待値上は達成できたと思います。(そしてピーキーな発動機の信頼性と機体の仕上げが悪い問題に戻る)
夢の有る機体ですが、なにせ戦争末期で機体表面の写真を見ると結構デコボコが有って、実際はどこまで期待値に近づけるか不明ですよね。
だらだらと長文すみませんでした。
1486 一式陸攻など当時の自動操縦装置はどの程度まで自動操縦が出来たのでしょうか。
1487 日本で起こったヘリコプターの事故において、パラシュートで脱出して助かった事例が過去に一度だけあるとあるブログに書かれていたのですが、ご存知の方いらっしゃいますか?
どのような状況で脱出されたのでしょうか?
脱出したのは操縦していたパイロットか、キャビンにいた乗員かご存知の方いればご教示お願いします。
1488 質問1483を見て気になったことが二つあったので質問させて頂きます。

三菱の零戦は、桁等の構造材に強度上許容出来るギリギリまで軽め穴を開けて軽量化していたといいます。
しかし、零戦のライセンス生産をしていた中島飛行機では、これらの軽め穴を無駄な労力として、簡略化してしまったと聞きました。

質問1
軽め穴を減らした中島の零戦は、三菱の零戦と実際の性能差はほとんど無かったと言いますが、重量の面ではどのくらい差があったのでしょうか?

質問2
雷電や烈風と言った、その後の三菱の戦闘機においても、ギリギリまで軽め穴を開けると言ったことは行われていたのでしょうか?
1489 当時の航空機の外板の加工方法について質問です。
零戦などの主翼に使われたのは0.6〜0.7mm厚で、胴体などはもっと薄いです。
これが戦争後半の機体ともなると、0.8mmはもちろん、1.2mmとかにもなってくるわけですが、平均厚さ1.2mmの1円玉を曲げられる人間はそうそう居ませんよね。仮にもっと遥かにサイズであっても。
厚みの比較的大きい外板は機械でもって予め形にしてから取り付けていたのでしょうか。
1490 Fw 190 A-3の「一般的な」性能を知る上で、参考となる次の資料をみつけましたが、それぞれ性能データもかなり異なります。他の機体もそうですが、参考にすべき原本資料が複数あった時、何を基準にすれば良いのでしょうか?

http://www.wwiiaircraftperformance.org/fw190/fw190a3.html

1491 例えばローランドD.VIのように、戦闘機の胴体の外板にクリンカービルドを採用するのは、
フォッカー社などの戦闘機の鋼管布張りや、アルバトロスDシリーズのような合板張りセミモノコックに比べて、
どんなメリットがあるでしょうか?

デメリットも併せてお答えして下さると幸いです。
1492 変なことを聞く様で申し訳ないのですが、一式戦の中桁を廃して前桁に寄せて前後桁とでトーションボックスを形成した場合、エリコンFF/FFLは桁間に収まるでしょうか。
1493 すみません、ソースが英語版Wikipediaなのですがホ103は機首同調により発射レートが400rpmと大幅に低下するとあるのですがこれはデマでしょうか。
1494 2次大戦中の戦闘機において、高度変化による最高速度を表すグラフを見ましたが、その中機体の中で、2000m〜3000mにかけて、逆に速度が低下する機体がちらほらとありました。普通は全開高度になるにつれて速度が上がっていくものと思っていましたが、速度が下がる要因としては何が考えられるのでしょうか?
1495  ウイングレットって、前進翼につけた場合効果がありますかね?
1496 付け根まで広い「パドルプロペラ」の純粋な上昇力上昇分を知りたいです。
P-47、P-51や雷電は「プロペラのみ」条件を変えた場合どれだけ差があるのかを知りたいです。また、併せて、「高空で有利」はどういう理屈でしょうか。高空ほど気温低下によりマッハが小さくなるのと付け根まで広いのとが何か関係したりするんでしょうか。低空をかっ飛ばすコルセアにも新型パドルブレード「6501A-0」が効果を挙げた(671→693km/h)とWikipediaにはありますが。
1497
https://ww2aircraft.net/forum/threads/messerschmitt-bf109.42465/page-35
上記の上から(6,7,8,9)番目の画像を見ますと、吹出しフラップのテストだそうですが、
機体が作られたかどうかに付いては、はっきりした記述は有りません、
どうだったのかご教示ください。

他に
https://www.klueser.eu/Me109.php
上記では(V24)らしいですが。

https://me109.info/
https://en.wikipedia.org/wiki/Messerschmitt_Bf_109
V24 は、F型のプロトタイプとだけの記述です。
1498 当時の航空機でプロペラ効率90%というのはあり得るのでしょうか。彩雲で効率が15%上がった話は知られていますがこれでも90%に達しないなら、本来は75%を割る値で相当悪い方だと思うのですが。
1499 大戦中の日本の軍用機(試作機含む)でスラットを持っていた機体を教えてください。
海軍では彩雲、震電、月光。
陸軍では九九式襲撃機。
上記以外にあるでしょうか?

なぜ、こんな質問をするかと言いますと、当時の日本軍機の点検パネルを知り合いが持っていて、
その表面に「点検窓 スラット連動桿」という文字が書かれています。
直径12cmほどのパネルですが、表面は濃緑色の塗装で、左端に1/8ほどが赤く縦に塗られています。
裏面はジュラルミン地のままで、SDCHの紫色のスタンプと、持ち帰った米兵が書いたBetty Bomberの文字があります。
Bettyは一式陸攻ですが、スラットは持っていなかったはずです。
多分米兵がこの機体をBettyと間違えた可能性があると思います。日本の爆撃機は全てBettyと認識していた可能性もあるので、双発の機体から外したパネルではないでしょうか?

このパネルを持っていた機体をなんとか調べたいので、何かご存知でしたらご教示ください。
1500 金星エンジンを搭載した零戦は実戦参加しているのでしょうか?

Back